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えっ、と勝手に声が出て、それが随分遠くに聞こえた。かやま、って言ったなこの天使。そうか、課長の部下には天使もいるのか……。じゃなく。
「僕は、その、桂山課長の家に、ついて来た、ということなんでしょうか……」
恐る恐る尋ねた陽佑に、天使はにっこり笑う。
「はい、ついていらしたというか、しがみついてらしたかな?」
頭の中が真っ白になった。……終わった。顔から血の気が引き、眩暈がした。ソファの上に横倒しになった陽佑を見て、あっ、と天使が近づく。
「ここに泊まったことは気にしないで、新入社員に記憶が無くなるまで飲ませる暁斗さんと、部下の人たちが悪いんだから」
天使が桂山を暁斗さんと呼ぶのを聞いて、陽佑の記憶の片隅に、以前誰かから聞いた言葉がぽこっと浮かび上がった。桂山課長のパートナーって、課長より10も年下で、めっちゃ美人らしいぞ。
がばっと身体を起こした陽佑に、わっ、と天使が驚いた。陽佑はソファの上にもたもたと正座して、目を見開く天使に土下座した。
「申し訳ありません、記憶に無いこととは言え、課長にしがみついて家に上がり込んだなんて」
「ええっ、やめてください、土下座なんかさせたってわかったら、僕が暁斗さんに怒られます……暁斗さんが下着の替えを駅前に買いに行ってるから、お風呂入りましょうか」
桂山が自分の着替えを買いに行ったと聞かされて、今度こそ陽佑の目に涙が滲んだ。天使がああっ、と慌てながらティッシュの箱を引き寄せた。
「泣かないで、小椋さんに罪は無いですよ」
「だって僕、課長の役に立ちたくてパーティの手伝いをしたのに、最後にこんな迷惑かけて……」
その時、扉が開いて閉まる音がした。軽いスリッパの音と共に顔を出したのは、私服姿の桂山だった。彼は陽佑を見て、マスクを外しながら、ぱっと笑顔になった。
「ああ、起きたのか、シャツとパンツ買って来たから風呂に入れ、食べられそうなら朝食を……」
桂山の顔を見て嬉しい筈なのに、逃げ出したくなった。もう我慢の限界である。陽佑はティッシュを2枚取り、目に当てて顔を伏せた。部屋の温もりや毛布の優しい肌触りが、余計に泣けた。
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