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お喋りをしている間に時間が過ぎて、12時を回っていた。陽佑は暇乞いをしようとしたが、その前に桂山がソファから腰を上げた。
「奏人さん、せっかく来客もあることだから、夕飯のおかず昼に回そうか?」
高崎はのんびりとそだね、と答える。陽佑はえっ、と思わず腰を浮かせた。高崎の黒い瞳が自分を見上げていて、何故かどきっとしてしまう。
「クリスマスだから鶏の唐揚げにするつもりでね、ちょっとお肉買い過ぎたから、食べて帰ってよ」
「そんな、散々お世話になったのにこれ以上……」
キッチンで手を洗い始めた桂山も、食って帰れ、と笑う。
「違うなら否定してくれたらいいんだけど、特にクリスマスらしい予定も無いんだろ?」
茶化す口調だったが、上司が自分のホームシック傾向を気にかけてくれているのを感じた。陽佑は申し訳無さと嬉しさで、鼻の奥が痛くなってしまう。
高崎はああ、と思い出したように立ち上がった。
「ケーキ受け取ってくる、あれも2人じゃ大きいから、小椋さんに食べて貰えばちょうどいいんじゃない?」
「そうだな、昼ご飯の後で食べよう」
あれよあれよという間に、2人は用意を始めてしまう。高崎はコートを着込み、財布だけ持って出て行ってしまった。冷蔵庫から鶏肉を出す桂山に、陽佑は手伝いを申し出た。お客様扱いを受け続けるのは、あまりにいたたまれない。
「じゃあ俺は肉に集中していい? サラダはベビーリーフとトマトと……アボカドもあったかな、あ、胡瓜を先に使ってくれると嬉しい」
桂山が野菜室を覗き込む姿は、普段パリッとスーツを着こなしている彼と違って所帯染みていたが、それは陽佑をがっかりさせるものでは無かった。ファストファッションのセーターにリラックスパンツでも、桂山は実年齢よりも若く見えた。陽佑の親であってもおかしくない年齢なのに。
もも肉を適当に切った桂山は、保存袋に唐揚げ粉をばさっと入れて、そこに肉をぽいぽい放り込む。ベビーリーフを水切り籠に入れ、水を張ったボウルに浸していた陽佑は、肉に粉を揉み込む桂山の手に目が行った。大きくて男らしい手が家事をしていると、えも言われぬ色気がある。
「課長、あの……」
陽佑は自分の欲望に負け、桂山に声を掛けてしまった。何? と彼は陽佑を見る。
「課長の手、写真に撮ってもいいですか?」
「は?」
桂山は目を丸くした。高崎よりも明るい色の瞳が、驚きの色を湛えている。陽佑は焦りながら、言い訳した。
「あ、僕、学生時代に写真撮るサークルにいたんです、それで……今も気になったものを撮影して、たまにサークルのOBでオンライン展覧会をしていて」
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