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「暁斗さんは立川で成人式だったの? 何を着て行ったの?」
奏人に訊かれて、初めてスーツをセミオーダーしたことを暁斗は思い出す。すぐに就職活動が始まることがわかっていたので、今思うと随分地味な生地と色味のスーツを作ったのだった。だが、袴を着てきた高校時代の同級生を見ると、スーツで良かったと思った。
そう話すと奏人は、小首を傾げた。
「そうなの? 僕なら袴がいいな」
「奏人さんは似合いそうだからいいけど、あれって着慣れない若い人が着たら、結構な確率でやんちゃに見えるんだよな」
「それって『荒れる成人式』みたいなニュースから来る固定観念っぽい」
そうだろうか。暁斗は笑う奏人に反論を試みた。
「わかった、着崩れるからだ……襟元がだらしなくなって品が無くなる」
奏人は否定はしなかった。そして少し遠い目になる。
「うん、着物って着慣れできれいにみえる衣装だよね……暁斗さんも知ってる僕の元お客様なんか、リラックスモードでもだらしなく見えなかった」
デリヘル勤務時代の奏人を贔屓にしていた客の中に、名を知られた歌舞伎役者がいる。奏人が彼のことを話しているのはすぐわかったが、暁斗は彼と知り合いではない。奏人と一緒にいるのを見かけただけだ(そして気分を悪くしたのも、懐かしい思い出である)。
「女性の振袖は襦袢も着るし、帯をぎちぎちに巻くんでしょ? そうそう着崩れないだろうけど、男性の袴はそうでもなさそう」
ぎちぎちという奏人の表現が面白かったが、女性の振袖着用は本当に大変なのだ。妹の晴夏は成人式で、祖母の用意してくれた振袖を着た。当日の朝6時から、セットだ着付けだと大騒ぎで、朝の弱い晴夏が明らかに不機嫌になり、それを見た母が珍しく声を上げて怒ったことが思い出される。
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