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「眠れないのか、江」
月を眺めていたところ。背後から聞こえてきた声で、霧に包まれていたような意識が覚醒する。
振り返ると、そこには――
「申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
「いや、私も何だか眠れなくてな。お前につられて、しばし起きてみることにしてみた」
宵闇から月明かりの下へ。秀忠様はその姿を現し、私の横へと腰掛けた。
「それにしても……今宵は見事な月だな」
「えぇ。とても美しいですね」
辺りは静寂に包まれており、春の気を残した穏やかな風が流れる音と私達の声しか聞こえない。
本当に、明日には戦が――――徳川と豊臣、両家の命運を賭けた戦が起きるとは到底思えぬほどの静けさだった。
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