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「っていうか、今日の侑の髪型っていつもと違くない?」
本の話をしていたはずが、急に髪型の話。杏は本当に女の子らしい。少しの変化も見逃さずに突っ込んでくる。
「寒くなったからね。ハーフアップにしてみた。そしたら帽子が被りづらくてしょうがない。」
肩までの髪を1つに纏めて帽子のアジャスターの隙間から出すのが自分流。でも、今日は半分下ろして髪を見せてみた。少しだけ茶色に染めた髪が、風で揺れているのが分かる。
ちょっとだけ暑苦しいけど、今からの季節はちょうどいい。道の両側に植えてある少しだけ色づき始めた欅の葉がサラサラと音を立てていた。
「この後ろの隙間から出てる髪が可愛いよね。ぴょこぴょこ揺れてさ。」
杏が自分の後ろを覗くようにして手を伸ばしてきた。太くて真っ直ぐな髪。暑苦しくて敵わないけど、美容室のイケメンのお兄さんが上手に梳いてカットしてくれる。あのお兄さんにカットを頼むようになってから、髪の毛で悩まなくなっていた。
「可愛さなんて求めてないし。」
そう。自分は杏のようなフェミニンスタイルの服を着ようとは思わない。化粧もしない。洗顔後に肌は整えるけど、家を出る時は日焼け止めを塗るぐらい。化粧バッチリで髪の毛に緩くパーマをかけ、男子にモテモテの杏と、どうして親友をやってるのか時々自分が不思議になる。
「そうか! 可愛さを求めるなら、黒ジーンズに黒のワークキャップはないか! あはははっ!。」
遠慮のない杏の、こういうところが心地いい。出会いは1年の終わり。転んで痛そうにしているところにこっちから声をかけた。同じ授業をたくさんとっているから、顔は知ってた。
よく男の子に声をかけられているところも見てたし、一緒にいる女の子はいつも同じじゃないから、ちょっとだけ気にはなっていた子だった。自分と同じようなところがある子かなって。
仲良くなるにつれて、なんとなく杏のことが分かってきたところ。彼氏がいるから、ここでは男の子に声をかけられても断っていたこと。女の子の友だちとは表面上の付き合いしか出来ないこと。きっとモテる杏にみんな嫉妬している、のかな?
『侑香ちゃんと話してると、素が出せていいわ。』
『ダメ、侑って呼んで。』
あの会話から急激に仲良くなった。自分も素が出せる貴重な友だち。何でも話せる。ある一つのこと以外は……。
「ところでさ、侑、鞄は?」
「えっ?」
杏に指摘されて気がつく。いつものリュックを背負ってない。安いヤツだったけど、小さめで丈夫な軽量タイプのリュック。グレーの色に一目惚れして即買いした……!
「前のクラスに忘れたっ! 先行ってて! すぐ追いつくっ! あっ!」
慌てて戻ろうとして振り返ったのがいけなかったらしい。走り出した途端に、何かに向こう脛を嫌というほどぶつけて、そのまま前のめりになって転んでしまった。
「チッ。」
地面に四つん這いになり、向こう脛の痛さと格闘していたとき、遥か上の方から誰かの舌打ちが聞こえた。
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