69人が本棚に入れています
本棚に追加
会社は自分のマンションからは少し離れたところにある。自家用車での通勤がほとんどだ。今日も会社に着いて駐車場に車を止め、事務所のドアを開けると、部長が満面の笑みを浮かべて元気に挨拶してきた。
「あ、三田村君、おはよう! ちょっとこっちに来て。」
「おはよう……ございます。」
嫌な予感。結城部長がこんな顔で俺を呼ぶときには、厄介な案件を引き受けさせられる。
「今日、内山君が休みでね……。」
読めた。新人の内山が休み。その受け持ちをみんなで分担。
「いつものように3件ずつ分担しよう。三田村君、大学近辺に行ってくれるか?」
ほらな。大学近辺と言ったら、5件はあるはず。結構面倒な場所だ。……ついでに営業もかましてくるか。
「いいですよ。あそこ近辺全部やります。けど内山のお客さん、俺が取っちゃうかもしれませんけど。」
「ははははっ! それはそれでしょうがない。お互い様だろ? 売り上げが伸びるなら会社としては万万歳だ。」
1番納品が多いのは大学のはず。台車も必要だな。トラックは内山のやつを使わないと、何度も会社に戻ることになる。
「部長、今日の納品指示書上がってるんですか? 確認したいんですけど。あと、内山のトラックは俺に使わせてください。」
書類を貰って、自分の担当場所からどう動くかに頭を巡らせる。午前中に大学近辺を終わらせて、自分の担当に行く方がいいかもしれない。
何せ、大学は毎日納品しないと自販機が売り切れ続出になっちまう。俺の客は、少しなら普通に待ってもらえる。
『あそこの購買担当はオバちゃんだったな……。』
秋の新製品をもっと置いてもらうにはいいチャンスかもしれない。どんなふうに口説き落とそうか……。
『やっぱり、オバちゃんには丁寧な口調で柔らかく……だな。』
基本女には柔らかな口調で接することを心がけている。男なら、友だち口調でも構わないことが多い。面倒なのはオヤジ。一人一人個性が違うから、見極める必要がある。
「部長、フルーツ系の新飲料、多めに持っていっていいですか?」
「ああ、少しサービスで置いてくるといい。三田村君、期待してるよ?」
「はぁ、秋限定のお茶も貰っていきます。」
そんなに期待はしないでもらいたいが。まぁいい。やれる事をやるだけだ。それでこの3年以上実績を上げてきた。まだまだ俺は若造だが、売り上げは営業5人の中で、いつの間にかトップになっていた。
「おっと、間違えた。」
自分が卒業した欅藝大学。自分の車で通学していた時の癖で、駐車場に来てしまった。購買までは少し歩かないといけないが……。
『ま、いいか。台車もあるし。』
わざわざ車を回さずに、懐かしい大学の中を歩くことに決めて、トラックを降り、荷台に回った。
最初のコメントを投稿しよう!