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『和樹!』
驚きすぎて声が出なかった。体がガタガタと震えてくる。買ったばかりのルーズリーフが買い物袋の中で微かにカサカサと音を立てた。
「誰?」
隣の夏帆ちゃんが小さな声で聞いてきたのが分かったけど、答える余裕はなかった。ゆっくりと一歩一歩近づいてくる和樹の姿に釘付けになっていた。
「侑ちゃん……。」
夏帆ちゃんが自分の腕に手を回す。そして、自分が震えているのを感じ取ったのか、代わりに口を開いてくれた。
「アナタだれ? 侑ちゃんに何の用?」
自分たちの目の前1mほどで立ち止まった和樹に話しかける。和樹は今までに見たことがないような顔をしていた。
「俺? 侑の彼氏。知らなかった? 経済学部3年。もう付き合って半年になるんだけど。」
凄く意地悪そうな目。あの時に泣いていたのは嘘だったの? 純に捕まえられて、証拠の写真も撮られて……。暫く会わなかったからすっかり油断してた。
「悪いな。侑の彼氏は俺だ。オイ、こんな所で何やってんだ。」
購買の方から出てきて、急に視界に入ってきた長身の男にまた心臓が1つ大きな音を立てる。純が和樹の肩を掴んで自分の方に振り向かせていた。
「あ、あっ、あっ……。」
和樹も予想外だったらしく、顔から血の気が引いているのが分かった。自分はそんな2人を夏帆ちゃんと穂花ちゃんとともに見つめているしかなかった。
「もう侑とは関わるなと言ったのを忘れたのか? どこででもって言ったよなぁ。何、そんなに未練があるわけ? 生憎、もう侑は俺のモノなんだけど。」
純が自分を真っ直ぐに見たのが分かった。一歩こちらに足を出したと思った瞬間、純に顎を持ち上げられた。真剣な表情をした純に唇を塞がれる。純の目が閉じられ、癖のある髪が額をくすぐった。けれども、自分は目を閉じることなどできなかった。
複数の人の息を呑むような音が聞こえる。遠くで女の子が「きゃー。」と声を上げたのが分かった。自分たちの周りがザワザワと騒がしくなるのを感じる。
『純…………。』
あなたは男が好きなんでしょ? どうして? 自分は男じゃないのに。知ってるくせに……。
目を瞑る。角度を変えて再び塞がれた純のキスは、とても長くて、そしてとても甘いものだった。
「そこのお嬢さんたち、侑の友だち?」
「「はいっ!」」
純の肩に顔を埋めるように頭を抱え込まれる。いつかと同じ。……ここは大学。周囲に人垣ができているのを感じて、顔を上げられなかった。
「悪いな。この侑の元カレ、しつこくてさ。大学にいる時はコイツのこと見張っていてくれる?」
「「はいっ。」」
夏帆ちゃんと穂花ちゃんが元気に返事をするのが聞こえる。周りで嘲笑が響き、近くにいた人が足音を立てて遠ざかるのが分かった。和樹だ。たぶん走って逃げた……。
「侑?」
顔に両手が添えられて上を向かされた。純がとても優しい表情でこちらを覗き込んでいた。スーツ姿にいつもの紺色の作業着。ピアスは付けていないんだ……。
「これから授業? できれば一緒に帰らないか? 送るよ。」
何を考えたらいいのか分からない。けれども、今日はここにはいられない。いや、いたくない。純の言葉に微かに頷いた。
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