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純に手を引かれて購買の裏手の道路を歩く。顔は上げられなかった。後ろの方でまだザワザワと聞こえる友だちの声を聞かないようにするのが精一杯だった。
「おっと、ちょっと待って。マナーは守らないとな。」
購買の裏で人が見えなくなった途端に、純が手を離して建物の方に近づき、地面に落ちている白い物を拾い上げるのが見えた。
『煙草……ここで吸ってたの。』
そういえばさっきのキスも微かに……。空いてる右手を唇に這わす。まだ燃えるように顔が熱くなっていくのが分かった。胸のポケットから取り出した何かに煙草をしまい込んだ純が戻ってくる。
「ほらいくぞ。手。」
強引に右手を掴まれてまた歩き出したけれど、包まれた手はとても温かかった。だんだんと購買の表側にいる人の声が小さくなる。以前送って行ってもらった時と同じ場所に、純のトラックが置いてあった。
先に助手席に乗り込む。少し後から乗り込んできた純の手には、オレンジ色のキャップのお茶が握られていた。
「ほら、この冬限定の緑茶。温め用だが冷えてても美味いぞ?」
手渡されたお茶を眺める。冬の時期にコンビニのレジ付近にいつも置いているやつだ。購買にもあったっけ? 大きなエンジン音が鳴り響いて、トラックが無言の2人を乗せて、駐車場を滑り出して行った。
「静かだな。」
通りに出て、大学の敷地がとっくに見えなくなった頃に純に声をかけられた。頭の中がごちゃごちゃで何を言ったらいいのか分からない。けど、顔を上げて純を見た時、ふと思い浮かんだ言葉が口から出てきていた。
「どうしてあんなに人がいる前で……。」
「キスしたかって?」
純が横目でこちらを見る。途端に恥ずかしさが込み上げて前を見た。目の前の信号が赤に変わる。
「煙草を吸ってたらさ、奴が見えたんだ。何だかコソコソしてるから気になって見てた。侑が見えた途端に歩き出した奴を見て、ヤベェと思った。だから反対の方からこっそりと出て行ったってわけ。」
そう。また偶然だったんだ。そして自分を和樹から守るために……。
「ごめんね。また迷惑かけた。」
どうして涙が出てくるんだろう? どうして? 自分でも戸惑いながら、純に悟られないようにこっそりとコートの袖で涙を拭った。
「何? 泣いてんの?」
こちらを見た純に腕を掴まれる。信号が青になっても気づいていない。
「泣いてないから。……青。」
精一杯虚勢を張って、涙を引っ込めた。純は和樹から自分を守ってくれただけ。あの時と同じ。ただ単純に自分と和樹の関係を知っていたから、出てきただけなんだ。この人はゲイ。キスは誰にでもできるんだろう。期待しちゃいけない。期待しちゃ……。
『期待?』
新たに自分の中に湧き上がった気持ちに愕然とした。そう、期待したんだ。……何を? 純がもしかしたら、自分を好きなのではないかって……。
『バカだなぁ。』
また新たに湧いてきた涙を引っ込めようと瞬きを繰り返す。純に悟られちゃいけない。景色に夢中になったフリをしなくちゃ。緑はないかな。葉が青々としてる木。
そう思いながら瞬きを繰り返したけど、街路樹は全て葉を落として丸裸になっていた。抑えきれなかった涙が一粒、コートに落ちたのが分かった。
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