ー純ー

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 静寂の中にトラックのエンジン音が響く。前を行く乗用車を追いかけながら、心は隣に無言で座っている侑へと向けられていた。 『何で黙ってるんだ?』  トラックに乗る時も、お茶を受け取る時も無言。そういえば、キスした後にも声を聞いてない。いや、キスする前もか……。 「静かだな。」  たまりかねてこちらから声をかけた。ようやくこちらを見てよこした返事は意外なものだった。 「どうしてあんなに人がいる前で……。」 「キスしたかって?」  そんなの好きだからに決まってんだろ? でも、俺が何故あそこにいたのか侑も知りたいに違いない。1つひとつ説明をしていくことにした。 「煙草を吸ってたらさ、奴が見えたんだ。何だかコソコソしてるから気になって見てた。侑が見えた途端に歩き出した奴を見て、ヤベェと思った。だから反対の方からこっそりと出て行ったってわけ。」 『どうして純は大学へいたわけ?』  そんな言葉を期待していた。今日は緊急に呼び出されて偶然だったこと。けれども、今までに侑のことが気になって、よくカフェで見守っていたことなどを話すつもりだった。そして、さっきようやく気づいたのだと。 「ごめんね。また迷惑かけた。」  好きだということを……。赤信号で止まり、そう心の中で締めくくった途端に隣の侑が泣いているのが分かった。腕で隠すようにしているが、泣いている。えっ? 泣くようなことだったのか?  「何? 泣いてんの?」  腕を掴んで顔を見ると、やはり涙が出ていたようだった。 「泣いてないから。……青。」  慌てて手を離して前を向いて車を転がしたが、頭の中は大混乱を起こしていた。さっきのキスは嫌がってなかったよな? えっ? 嫌だったのか? 友だちの前で恥ずかしかったってことか? もっと人がいないところでの方が良かったのか?  それからどうして泣いてるのか聞いても、俺とのキスが嫌だったのか聞いても碌な返事が返ってこなかった。車を侑のアパートのそばに寄せて止める。すぐに侑が降りて行った。待てと言っても聞きやしねえ。 「本当にありがとう。」  最後に見せた笑顔が引っかかる。こんな無理矢理の笑顔を作って見せるオマエじゃないだろ? 一瞬どうしようか迷ったが、気がつくと車から飛び出していた。 「おい、待てって。俺にキスされたこと、嫌だったのか?」    侑の勝ち気な目が俺を睨みつける。睨まれても逆効果だ。その表情、好みだって言わなかったか? 侑の腕をドアへと固定して、吸い寄せられるように侑へと顔を近づけていった。 「いやっ!」 『!』  いやと言われて動きが止まる。俺が嫌いなのか? それなら何故キスを受けたんだ? 突き飛ばせばいいだろ? また頭が混乱する。嫌な奴とのキスかどうかなんてやってみればすぐ分かるのに。 「自分は男じゃない。」 「知ってる。」  侑の目に力が入る。いや、その目はますます俺好みなんだが。思わず手に力が入った。でも次の言葉で全身に雷で打たれたような衝撃が走った。 「あなた、男専門でしょ? 自分でそう言ってたよね? 何? キスは別なの? 男でも女でも誰とでもキスするわけ?」 「ば、ばか。そんなはずないだろ。」 「じゃあ何?」  咄嗟に言葉が出てこなかった。そうだ、俺は男専門だと侑に言ってきたんだ。どう説明すればいい? どう説明すれば納得してもらえる? 「ごめん、帰る。」  今までにこんなに迷ったことなどなかった。いつも簡単だった。言葉を探しているうちに、いつの間にか腕を離していたらしい。侑が目の前から消えてしまい、ただアパートの扉を見つめていた。 『俺は……振られた?』  扉の前で呆然と佇む。その時には、それしか術がないように思えた。  
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