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「はい。」
「侑? 大丈夫か?」
思わず通話ボタンを押してしまったけど、どうしたらいいの? 大丈夫って、大丈夫ではないんだけど、なんて言ったらいい?
「お前、大学を休んだだろ? また熱でも出たんじゃないかと思って食材買ってきた。開けて。」
どうして休んだことを? と思ったけど、すぐに考えついた。純が大学へ仕事で行った時に夏帆ちゃんに会ったに違いない。今日は夏帆ちゃんと同じ授業を取ってた。
「熱はないから。大丈夫。」
帰って、と出かかった言葉は辛うじて呑み込んだ。心配してきてくれた人に、それでは失礼すぎる。
「ありがとうね。」
そう言って通話を切る。その場を離れた瞬間にまたインターフォンが鳴った。純だとは分かったけれど、どうしたら良いか分からなかった。あれほど泣いたのに、また涙が溢れてくる。
ピンポーン
控えめだけど、帰る気がないような純の気持ちが伝わってきてまた通話に戻る。
「ごめん。帰ってくれる?」
自分でも情けないような声しか出せなかった。泣いていると気づかれないようにするのが精一杯。でも何度もインターフォンを鳴らされちゃあ、近所迷惑になっちゃう。
「開けて? 話がしたい。」
「何でしつこいの? どうして私に絡んでくるの? 私は、私は……。」
話をしたくないから! そう言って通話を切りたかったのにできなかった。話をしたくないわけじゃない。純の声を聞きたい。でもとても、とても怖いの……。
「泣いてないで開けて? インターフォン越しには言いたくない。顔を見て話したいんだ。」
どうしたらいい? 開けるの? 開けてどうするの? 話ってなに? 聞きたいけど……聞きたくない。純には会いたくない。本当? 会いたいんだろ? 会いたいけど、会いたくない。
「なぁ、侑。す……。」
純が話し始めた途端に、通話がプツリと途絶えた。時間切れ。真っ黒になった画面を見つめながら立ち尽くす。
『純……。どうしてここに来たの?』
ピンポーン
「侑? ドアを開けて?」
自分が話す前に純の声が聞こえる。その声を聞いた途端にリビングのドアを開けて、フラフラと玄関に向かってる自分がいた。何も考えなかった。どうせ自分では何も決断できない。無意識に涙を手で拭ってから、玄関の鍵を開ける。
「侑!」
自分が開けるのを待たずに飛び込んできた純の目が、自分の視線とぶつかる。とても、とても真剣な顔をしていた。次の瞬間目の前が真っ暗になって、何も見えなくなった。
「好きだ。」
真っ暗闇の中で、頭上から純の声が聞こえた。何を言ってるの? また溢れ出してきた涙がふんわりした布地に染み込んでいった。
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