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そばの自販機から、低い音が小さな振動と共に聞こえてきた。
その音は少しづつ大きくなり、不意に止んだ。
そして静寂――
遠くの方で、姿の見えない足音――
夜間勤務の医師? ナース? それとも入院患者?
再び静寂――
「それで――」マキはジュンを信じることにして口を開く。「ジュンちゃんはそれをどうするの? タクに食べさせるつもり?」
ジュンはゆっくりと頷いた。と、その時、健吾が早足でやってきた。
「マキ、タクの意識が戻ったから、部屋に戻りなさい!」
三人は急いでタクのいる部屋に戻った。
病室のドアを開けると、それとほとんど同時に、医師が一人部屋に入ってきた。百代が内線で呼んだのだ。
その医師はタクのそばに寄り、診察を始めた。そして、しばらくしてから手を休めてこう言う。
「気管支拡張薬がようやく効いてきましたね。少し楽になっているはずですよ」
マキもジュンも親たちも、ホッと安堵の表情になった。
「ただし――」その医師は言う。「このまま回復して安定するか、一時的に楽になっているだけなのかは、残念ながら今のところ判り兼ねます」
「そうですか……」ガックリとうなだれる健吾。
「ええ。もう少し、様子を見る必要がありますね。……お父さんか、お母さん、どちらか今晩付き添ってあげることは可能でしょうか?」
「もちろんです!」
百代が透かさずそう答えた。健吾もその横で何度も頷いている。
「良かった。助かります。では、また何かありましたらコールして下さい。私、いつでも対応出来ますので」
微笑みながらそう言い残すと、その医師は部屋を出て行った。
マキとジュンはタクの顔を覗き込んでみる。
さっきよりはましなのかもしれないが、やはり苦しそうだ。辛そうに呼吸をし、うっすらと開いた瞼の奥の瞳は、力なく二人を見つめている。
「タク、ごめんね……ごめん……ごめんね……」マキは再び涙をぽろぽろ流す。
タクは、ゆっくりと首を左右に動かしている。
その様子を見ていた健吾が言った。
「さあ、じゃあ芹香さんも、ジュンくんも、もう充分です。ありがとうございました。帰って休んでください。もし、何かあったら知らせますから」
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