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返事がない。
マキはそっとドアを開けてみた。
と同時に爽やかな風を頬に感じる。
窓のレースがふわりとふわりと泳ぐ。
そして、ジュンはベッドの上ですやすやと眠っていた。
「入るわよぅ」
囁くようにそう言って、ジュンに近付くマキ。
ジュンは起きる気配がない。
マキはいつだったか、この部屋で眠っているジュンにキスをしようとして失敗したことを思い出した。
――愛がその気になるまでは、それを呼び起こしたりしない。
マキの脳裏に浮かんだのは聖書の言葉。
祖母のメアリーから教えられた“ソロモンの歌(雅歌)2章7節”。
“感情”に流されるのではなく“理性”を働かせることが大事だ、というその聖句についての説明は、マキの心にしっかりと残っているようだ。
マキは開けっ放しになっている窓に近付いて、深呼吸した。
夏休みも、もう終わり……
おじさんともお別れ……
気づくと、マキはこの夏に経験したことを色々と思い巡らしていた。
弟のタクが喘息の発作で瀕死の状態になったときのこと――
祖母のいるアメリカにジュンと共に行き、銀行強盗に遭遇したこと――
パットン刑事やナターシャとの出会い――
ジュンとの島根旅行、そして帰りの列車での騒動――
この夏、わたしは少し成長出来たのではないか――
自分をそう評価できることが嬉しくて、彼女は微笑んだ。
心地良く優しい風がマキの栗色の髪をふわりと撫でる。
シャワシャワというセミの声も今朝は爽やかだ。
「あれ? マキちゃん」
「うわぁっ!! ビックリしたぁ!」
突然のジュンの声にマキは相当驚いた。
振り返ると、ジュンが上体を起こし、目をこすっている。
「おはよ……来てたんだ……」
「『おはよ』って、もうすぐ10時よ。なあに? また夜更かししたの?」
「眠れなかったんだよ。今日でおじさんとお別れだって考えたらね……」
と、そこへ、車の止まる音がした。
マキが振り返って窓から見下ろすと、中からスーツ姿の男たちと共に、賢一郎が降り立つ。
「あ、おじさんが来られたわよ」
ジュンは立ち上がり窓に駆け寄る。
ベルを押す賢一郎と、その後ろに少しの間隔を空けてスーツ姿の男たちが4人いるのが見えた。
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