ラム

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ラム

 夕飯を食べて自分の部屋に入り、ベッドに身を投げ出すと、ジュンは公園で出会った不思議な男のことを思い返してみた。脚の怪我が奇跡的に治ってしまったことも。 「……マナ……か……」  そう呟いて、学習机の上の小ビンを見つめた。  ジュンは先ほど、夕飯を食べながら母親の芹香(せりか)に、今日の不思議な体験を話してみた。  山城家はいわゆる母子家庭。父親の智志(さとし)はジュンが生まれた翌日に交通事故に遭い、帰らぬ人となっていた。それ以来、芹香は女手一つでジュンを育ててきたのだ。  平日は会社勤め。だが、朝食と夕食は必ずジュンと食卓に着くことにしている。特に夕食は二人にとってコミュニケーションを図る大切な時間になっていた。 「メルへニストもいいけどね、そういう話は、わたしの前だけにしておきなさいよ」  ジュンの体験談に対する芹香の反応は、そのようなものだった。 「ホントのことなんだけどなぁ……あ、そうそう、そのおじさん、キャンディを少し分けてくれたんだよ」  ジュンはManna(マナ)のことをキャンディと表現した。その方が聞き手にとって受け入れやすいと思ったからだ。  小ビンを見せたが、芹香は「あらぁ、きれいね」と微笑んで言っただけで、それ以上の反応は示さなかった。  やっぱり、すぐには信じてくれそうにない。……今日のところは、ここまでにしておいた方が良さそうだ。  ジュンは話題を学校での出来事に変えることにした。  当たり障りのない会話をそれなりに楽しんだ後、食事を終えて自分の使った食器を洗うと、ジュンはテレビを見始めた母親を残して、そそくさと二階の自分の部屋へ戻ったのだった。
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