君の手をとって笑いあって、そしてふたりで言葉を繋いで

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「公休なの僕だけだったから。署長にも『大事な日にすまない』って謝られちゃいました」  ジャケットを羽織り、パタンとクローゼットの扉を閉じた泰正が、振り返ると申し訳無さそうに微笑んだ。  そんな顔を見せられたら「薄情者」なんて言えやしない。 「そういう事情なら仕方ないよ。もう俺ひとりで行かれるし、気にしないで」  誰にだってやむを得ない事情はある。  だから、そこを責める気になんかなれない。  それに、署長から代替出勤の連絡が来たのが、日も明けて間もない頃だと言うのだから、急遽の判断になってしまったのも仕方がないのだ。 「本当に今日行くのかい? また日を改めて僕と──」 「それはさ、決めてるから……それに、今日は日曜だし。どうせ家にいたって本しか読まないから。なら、ちゃんと行きたいなって。じいちゃんにはまた付き合うから、行く時誘って」  心配ないと笑ってみせる。  泰正は杞憂の表情を浮かべていたが、すぐにその表情はほころんだ。 「……そう、だね。なおが決めていることだものね。気をつけて行くんだよ? お花と水桶はいつものところに頼んであるから。あぁそうだ、お金──」 「大丈夫だよ、ちゃんと持ってるから。ほら、そろそろ出ないと仕事、間に合わないよ?」  泰正が通勤で使っている鞄を小脇に抱えると、スーツのポケットから財布を取り出そうとしている泰正の背を強引に押しながら玄関へと向かわせ、靴を履くのを(うなが)すように靴べらを渡した。  一度気にしだすと、細かいところまであれやこれやと気にしだすのが、泰正の悪い癖だ。  そうなってしまうと、出かけられるものも出かけられなくなってしまう。 「夕飯は、一緒に食べよう」 「……うん。帰る時間わかったらメールして」 「いってきます」──ガラガラと玄関扉が引き開けられて、泰正が出かけていく。ゆっくり引き戻される扉の動きを目で追いながら、 「いってらっしゃい、じいちゃん」  そう言葉を送った。
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