君の手をとって笑いあって、そしてふたりで言葉を繋いで

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 離れに位置する自室に戻り制服に着替える。  部屋の柱時計を確認するとちょうど八時を回ったところだった。  休日ダイヤで普段通りに電車も来ないだろう。  遅く出るよりはずっといい──必要な荷物をまとめ、財布の中の現金を確認する。  宣言したとおりに手持ちは十分(じゅうぶん)にある。  往復の電車賃や花代その他諸々──すべて賄えるくらいには。  流石にスクールバッグを使うわけにもいかないから、普段使っているボディバッグに読みさしの小説と財布やハンカチなど荷物を詰め込み、背負うと玄関に向かった。靴を履き、玄関を出て鍵を締める。  家の門を出て駅に向かおうと一歩踏み出したところで、 「……なおと?」  そう声をかけられた。 「……月冴」  声の主を振り返り目を丸く見開く。  そこには、クラスメイトであり恋人でもある曇狼月冴(とものつかさ)が立っていた。  彼もどこかへ出かけるところだったのか、ネオン色で彩られた薄手のスウェットシャツにダメージの入った黒のスキニー、足元はハイカットスニーカーという、カジュアルな出で立ちだった。  見たところ荷物も多くなく、自分と同じくらいのサイズのボディバッグをひとつ、肩に提げている。  月冴の家はここから数百メーターにも満たない場所にあり、所謂(いわゆる)ご近所さんなのだが、どういうわけか、お互い一度も遭遇したことはない。  実のところ、家が近所同士だというのも、付き合いだしてから知ったことである。  灯台下暗しとはよく言ったものだ。 「おはよう、尚斗」 「……うん。おはよ、月冴」  挨拶もそこそこに月冴はすぐさま寄ってきて、 「今日って……」  そう言葉を濁した。
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