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君の手をとって笑いあって、そしてふたりで言葉を繋いで
「……行けなくなった?」
「うん。覚えてるかな、後輩の刑部君」
警察署勤めである祖父・泰正の朝は早い。
まだ朝の六時だというのに部屋に行くと、敷かれていたはずの布団はすでに押し入れへと片付けられていて、片隅に置かれたクローゼットの前でテキパキと着替える後ろ姿を捉えることとなった。
「オサカベ……? あぁ、ギョウブさんか」
刑部と書いて〝おさかべ〟だが、かの有名な天下人・豊臣秀吉の家臣で戦国武将の大谷吉継──彼の官途は刑部少輔であることから、〝大谷刑部〟が通称であったとされている。
刑部さんが俺から〝ギョウブさん〟と呼ばれる所以はここにある。
「そうそう、その刑部君。なんでも、娘さんが夜中に高熱を出したらしくて。『診てくれる人がいないから休ませてほしい』って連絡があってね」
小さく漏れ聞こえた笑い声に、「まだその呼び方をしているのかい?」──そんなニュアンスが含まれている。
開きっぱなしのクローゼット──扉の内側には鏡がついていて、泰正はいつもここでネクタイを結ぶ。
普段の行いと何ら変わらない姿。その背を見つめたまま、次の質問を繰り出した。
「……奥さんは?」
「彼の奥さん、お腹に二人目がいるそうなんだ。悪阻がひどいらしくて、おととい入院したって言っててね。どちらもご両親が遠方だから、すぐ来てくれってわけにはいかなかったみたいで」
「あー、なるほど」
子を宿した女性の、身体的負担はかなりものだと中学の時の保健体育で教わった。
妊娠は病気ではない、などとよく言うが、程度は人それぞれだとその時の教科担当は言った。入院してしまうほどなら、相当ひどいに違いない。
それこそ、子供の世話などままならないだろう。父親だけが頼りになるのも、合点がいく。
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