第7話 敵陣強襲

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第7話 敵陣強襲

 みずるも立ち上がって、そのまま駐車場へと向かった。  宇藤木の話を聞くべき相手は、自宅にいてくれたそうだった。 「今日は、世間の多くはお休みだから」 「すでに定年退職していて、嘱託で週に2回ぐらい出るだけだって」 「あらそう。いったい、どんな人?」 「わかりやすくいうと、あのパネルの設置と、塗装というか補強に一役買ったひと。昔の地域おこしの協力メンバーのひとりでもある」 「あれ」みずるは少し驚いた。「まだパネルの話をしているの」 「もちろん。あとで詳しく説明するけど、あのでっかいラムちゃんに、最近誰かが細工をしたとわたしは見ている。やったのが何者かは、言わずともわかるね。ところが、あるはずの細工の痕がない。正確には、ないわけではないが、ごく少なくて、肌荒れと区別がつきにくいほどだ。そのわけは」 「エバーデモンだったっけ、あの塗料のおかげ」 「はい、正解。エバーデモンの派生品のうちに、丈夫だしちょっとした傷なら自己修復しちゃうってのがあった。鳴り物入りで製品化されたのに、塗る手間がかかる、値段は高い、対象を選ぶって三重苦で売れなくて黒歴史になっているわけだけど、さっき電話していた人たちが、前にテストを兼ねてあのパネルに施工した。しかし黒歴史って便利な言葉だな。説明が省ける。誰が考えたのだろう」宇藤木はしばし考え込む顔を見せた。 「それでパネルは?」みずるは、脱線したがる宇藤木を強制復帰させた。 「パネル、なかでもラムちゃんは、あまりものだけどデモンにすこぶるマッチした特別な材質が入手できたうえ、一旦バラして設備のある工場に運び込んで、松竹梅の松グレードに仕上げたから、それはお肌がじょうぶなんだそうな」 「うらやましい。わたし、日焼け止めを塗っただけでかぶれるわ」 「繊細なお肌ね」と褒めてから宇藤木は続けた。「で、細工をした場合でも、なにか当て物をすればほとんど痕跡が残らないことも、あり得るという。最初はラムちゃんに表に出てない予備があって、それと入れ替えたと疑っていた。どうやら違ったようだ」 「それでバンを気にしていたの」 「そう。ちなみに、ラムちゃんが棍棒を振り上げた絵柄に決まったのは、あまりものの板がたまたまそんな形にカットされていたから、それを生かしたそうだよ、デザイナー氏が。なかなか優秀だな」 「ラムちゃんの絵柄はともかく、その黒歴史エバーデモンを使ったというのは証拠になるの?」 「犯行の立証という面からは」宇藤木は優雅に首をかしげた。「多分難しい。犯人の動機と関連性は薄いし、犯人が塗ったわけでもない。利用しただけ」 「なんだあ、せっかく調べたんでしょ」 「でも、推測を補強はしてくれた。犯人を検挙できるわけじゃないが、なにをしたかは正確にトレースできる。わたしにとってはこれが大事」  また宇藤木は、なにか考え込むような顔をした。 「あ、さっきね」みずるは車のことを伝えた。少しひっかかりがあったからだ。 「例の馬木さんと同じ、珍しいパーツをつけた車を見たわ。軽の四駆ね。でも、当人は乗れるわけないし。誰のだろうと思って。この街にカスタムショップでもあるのかな」 「それは、印象に残るほどめずらしい?」 「見た目は地味。でも、とにかく買うのに勇気がいるほどパーツの価格が高いの。オーナーズクラブの会合にでもいけば何台かあるかもしれないけど、モーターショー以外で見たのは初めてだな」 「モーターショー」変な声を宇藤木は出した。「悪趣味なトレーナーを着たデブの元ヤンキーが、茶髪にして襟足をやたら伸ばしたクソガキを連れて、しつけか虐待かわからない叱り声をあげながらカレーを食べ、横でブリーチしすぎで痛んだ髪を纏めもしない女がひたすらスマホを睨んでる、あれ?和気さんもあの地獄絵図をわざわざ見に行っている?」 「その状況描写は偏見だし設定が古いわ。でも文句ある?」 「いいえ、わたしもこの頃、とても好きになってきました。あの世紀末チックな雰囲気が。地獄でよく煮えたコーヒーを飲むのも楽しい」 「ふん」 「それで、そのパーツっていかほど?」宇藤木は機嫌をとるように言った。 「ホイール径は大きくないから、セット200万は切ると思うけど、たしか」  宇藤木は口笛を吹こうとして、失敗した。 「きんきらパーツが指二本。それ買ったら目立ちまっせえ。混んだ駐車場でもじっきに見つかる」 「きんきらじゃないよ、渋い感じ。ただ、わたしの好みではない。ワンポイントが入ってるのも、屈折した自己主張を感じてなにか嫌だな。一地方公務員の買う値段でもないし」 「だから、和気さんの車は真っ暗なのか。ギャングみたいに、いやバットマンか」 「ふん。気に入った色がなかっただけ。洗車するのだって大変なのよ」 「それで考えていたんだけど、この前からの仕事をまとめて、『和気みずるのケースブック(黒歴史)』と銘打って出版したら、カスタムパーツ代の足しにならないかな」 「それで、さっきからずっと考え込んでたの」 「うん」 「わたしは公僕ですっ」とみずるは怒った。「バイトはご法度。それに事件の公開もできませんし、ケースブックも書く気はありません。だいいち、あなたの事件でしょう。どうして私の名前を」 「あ、そう。つまらないな。状況を支配しているのは常に和気さんなのに」  今日は休日でもあり、駐車場はそれなりに混んでいた。みずるの車も、かなり奥の方に停めてある。  宇藤木が揉み手するように言った。 「おお、ブラックビューティー。大きくて目立つ車は、こういう時に便利だね。格好いい」 「褒めてもらって、どうも」  むやみと脚の長い宇藤木に負けないように、大股で車に接近し、ドアに手を伸ばそうとしたみずるに、 「動かないで」宇藤木が鋭い声をかけた。 「えっ」  それどころか見たことのないすばやさで彼女に近づき、「失礼」と、大きな手をのばしてみずるを肩ごと引き寄せ、自分と位置を入れ替えた。 「うげっ」あぶないでしょうなにするの、とわめくみずるを無視し、宇藤木は少し離れたところに彼女を固定すると、掌を突き出して「そこにいて」と言った。  文句を言おうとしたみずるは、前例のない宇藤木の厳しい表情に、口をつぐんだ。  彼は鋭い目つきのままみずるの車の周囲をぐるぐるとまわり、運転席の下あたりを地面に膝をついて観察した。そのうち、ポケットからFBIエージェントの持つようなフラッシュライトを取り出し、光を当てはじめたのには驚かされた。 「ちゃんとそんなもの持ってるんだ。まるで探偵じゃない」みずるの感想に、こっちを向かず、「ありがとう」と言った。 「まさか、爆弾でも仕掛けてあるの」 「爆弾ではないと思う」と答えた宇藤木は、「まだ動いちゃ駄目ですよ」といいつつ、どこかから掃除用のモップを取ってきて、その柄を使って離れたところからみずるの車のドアの下あたりをごそごそとつついた。 「壊さないでよ」 「あ、エンジンが落ちた」 「もうっ」  すると、小さく空気を裂く音がして、続いて鋭い金属音が響いた。  そのあと、ゆっくりと車に近づいた宇藤木は、またごそごそと車をつついた。  今度はなにかが床に落ちた音がした。  地面に座り込んだ宇藤木は、モップを逆手に持って小さな巻尺のような物を突いている。子供が正体のわからない昆虫をいじっているようだった。 「なに、それ」 「ふざけた野郎だ」宇藤木の口元が引き結ばれている。 「気が狂いかけている。いや、もう狂ってるのかも。予測より重症だ。これを見て」  宇藤木の差し出したモップの柄に目をやると、先のほうに十センチぐらい色が違うところがあった。 「この装置のしわざだよ」  色が変わっているのは、柄の表面が削げて下地が見えているのだ。 「うえっ。でも、どうしてここに、そんな変なのがあるってわかったの」 「先祖が妖術使いだったから」 「お、陰陽師とかじゃなくて」 「たぶん」大男は眉を上げ下げすると、「それはともかく和気さん、犯人はわかった。しかし証拠はない」彼は自分の胸をつついた。「現段階ではここでうごめくわたしの勘だけだ。いま、犯人は興奮し、頭に血が上っている。この前からの我々の干渉が、思った以上にストレスになっていて、それを発散させたのだろうと思われる。しかし正規の手続きをとっているうちに落ち着き、証拠を隠滅するだろう。そして、もっとエスカレートさせる。こいつは基本的に愉快犯だ。だがそろそろ、傷害から殺人へバージョンアップしつつある、と思う」思うは付け足しで、宇藤木が自信を持っているのは伝わってくる。 「いま、急襲したいってこと?」 「車で送ってくれたら、一人で乗り込む。ただし特急で頼む。こんなに早く犯人と割り出されるとは思っていないはずだから、突然押しかけて狼狽させ、その間にゲロなりボロなり出させたい。汚い表現ですまないが」  めずらしく真面目な顔をしている宇藤木の顔を、みずるは5秒ほどにらんだ。  くそっ、と彼女は思った。  やっぱりピエールだ。いつも青白い頬を、紅潮させたピエールなんて、なかなか見られない。 「いきましょう」彼女はうなずいた。「それで、宅配便とかの振りをして、とりあえずのぞいて見るだけでもいいのじゃない?だって宇藤木さんも興奮しているわ。こういうときは、危ないわよ」 「なるほど」宇藤木は首を傾けて、「おっしゃる通り。常に勘所では冷静だ、和気さんは」 「二人のわたしがいるのよ、双子座だから。それより場所はわかる?っていうか犯人は、だれ?」  宇藤木はポケットを探り、今度は一枚の新聞コピーを取り出した。 「素直にかばん、持ったほうがよくない?」 「次からそうします」  渡されたのは、新聞紙面の下半分をコピーしたものだが、かなり前の、それも一般紙ではなく経済・産業系の新聞であるのがみずるにもわかった。  新製品が発売されたとか、企業が売り上げをどうしたこうしたという記事ばかりだった。  また、記事の下は、びっしり大小の広告で埋められていた。ネジだったり実験用装置だったり、イメージ広告もあったが、全体に垢抜けておらず、ごちゃごちゃとにぎやかだった。  その中のひとつを宇藤木は示した。「社名は何度か変わっているようだけど、場所はおそらくここ」  名刺を二枚重ねたぐらいのサイズで、工具を持った人間くさいロボットがコンベヤーらしき前に座っているイラストが添えてあった。  吹き出しに、「省力化ならおまかせ」とある。 「オニツノ・ロボテック……あ、住所も書いてある。でもこれは旧地名だね」  みずるは宇藤木の顔をあらためて見た。  当人の内心とは別に、陰りと意味があるように勝手に見えてしまう、彫りの深く冗談のように整った顔。だから逆にいつもは、本心をうかがうのは至難の技だ。  しかし今日は明確な感情を伝えてくる。それは、怒りだ。  なぜだろう。その想いにとらわれ、ぼんやりとしてしまったみずるに、ピエールはうなずいて言った。 「パーツフィーダー というやつね」 「これは酒井さん……のお父さんの昔の工場ってこと?犯人はまさか、美里さんのお父さん?彼女による自作自演では、ないわよね」 「まず、弟だな。図書館にあった地図で調べたら、渓谷から車でそのまま行けるところに、古い貸し工場の集まったエリアがあった。いまは空き家ばかりだと思うが、そこを現在もキープして工房に使っていると見ている」 「さっきの変な機械は、あの弟のしわざ?どう見ても照れ屋の好青年なのに……って言おうと思って先に反証が頭に浮かんじゃったわ。難波の好きなNCISのマーク・ハーモンだって、テッド・バンディの役を演じていたのよね、モテ男の連続殺人鬼」  宇藤木は、うなずいた。 「諸治係長があれぐらい魅力的な二枚目だったら、難波のやつ完全な忠犬だったと思うけど。それはさておき、自分で趣味の装置を設計し作るってのは、楽しかっただろうな。それも理由の一つだと思うよ。持てる能力を振るいたかったんだ」  みずるは短い間、考え込んだ。 「あのトラップって、リール式メジャーとか、あと掃除機のコードが戻る仕組みと似た感じかな」 「うん、その見方がいい線ついていると思う。おそらくワイヤーを伸ばしてセットしておいて、何かが触れたら一瞬で巻き込まれるわけだが、その前にムチみたいに目の前の空間をピシャリと叩く動作が加えられているのではないかな。誰かさんなら喜びそうだ」 「わたしはマゾじゃない、痛そうなのは嫌。でも、明確にわたしたちをねらったのよね?」 「いや、いたずらを仕掛けた相手は、一人だけ」宇藤木は申し訳なさそうに付け足した。 「装置は運転席にしかなかったよ」  するとなぜかみずるにも、怖れより怒りが一挙に湧いてきて、 「おし」片手でゴリラのように胸を叩き、「文句言いにいこう」と凄んでしまった。  宇藤木の言葉通り、工場の所在地は、鬼津野渓谷の展望台に連絡する国道からつながった道のそばにあった。しかし、古い地名のうえ、ひと区画が大きくて、わかりにくい、 「どこなの、秘密基地は」目をつけた場所を二回目に往復したあと、みずるは言った。  道は舗装されていても狭く、ところどころ木の枝が張り出している。みずるの車のように大きい車体だと、走行に気を遣う。トラックでここを通るのは大変そうに思えた。  今どきの物流に適さないから廃れちゃったに違いない、と心の中で毒づく。  このあたりは七十年代にはそれなりに賑わっていたが、その後の高速道路の延伸やバイパスの完成などによって、がらりと流れがかわってしまい、取り残されたようになった地域だった。製造業の地図も変わり、以前はあった大手企業の下請け工場群も、すっかり撤退したはずだ。 「ああ、わかりにくいなあ、このあたりの地図」いったん止まって、スマホで調べ直しても、どうも曖昧である。 「燃料代、払いますね」カーナビを見つめながら、なぜかやけに低姿勢になって宇藤木はいった。連れ回しているのを負担に感じてはいるらしい。  みずるは窓から首を突き出した。こうなれば、宇藤木ではないが勘に頼ろう。  遊休地というのか、あたりは空き地をフェンスで囲んであるだけの場所も多い。 「なんかにおいがしない?」 「え、そんな。和気さんに嫌われないよう、風呂には欠かさず入ってるし、昨晩はうっかり寝てしまったから今日は朝からシャワーを浴びてきたし」 「そういう意味じゃ、ない」みずるは、窓に加えてドアまで開いた。つめたい風が入ってくる。顔を向けて息を吸い込む。 「あ、このにおい」みずるがそういうと、宇藤木はまた自分の服を嗅いでいる。 「ちがうって。昔、なんどもかいだ覚えのある、なつかしく感じるにおい」 「おばあちゃんのぬか漬けの匂い?洗濯の柔和剤?それとも、田舎の肥え溜め?レディに汗くさいといわれるのが一番いや。うんこもあれだけど」 「これは」宇藤木は無視してみずるは考えた。「……慎二おじさんのアトリエだ」  彼女が小さい時分、嫌なことがあれば逃げ込んでいた場所だった。  みずるのつぶやきを耳にとめた宇藤木は、目を細めて彼女の顔を見た。 「そのにおいというのは、溶剤とかの薬品臭?それとも熱の加わった油のにおい?」 「どうかな。薬品臭くもあり、焦げたにおいもした。独特の油のにおい。あと、なんていうか金気くさいにおい。それに、ときどき溶剤もあったかな。洗ったり、塗ったり」  宇藤木も窓から顔を出し、鼻をくんくんさせた。 「おじさんの施設はその、ハイテクだった?それともローテク」 「古い設備だったかってこと?それとも大きいか小さいか?」 「そう、古く単純な装置だったのかどうか。仕事の延長として最新の装置を入れていたのか、あくまでホビーとして人の手が多く関与する機械をいじっておられたのか」 「ローテク、なのかな。金属いじりね。よくやって見せてくれたのは、パイプの溶接。おじさんは器用だった。花弁のようにきれいに肉を盛って、パイプとパイプをくっつけることができるの。それで、途中溶接棒を持ちかえても、その場所がわからない。仕事辞めてもこれで食えるんだって」 「風に乗って、においがただよっている」宇藤木が、大きく鼻から息を吸い込んだ。「たぶんアングラ施設だから排気施設が不十分なんだ」そう言ったと思ったら、 「おっ」20メートルほど先にある、雑草の茂った道の一カ所を指差した。  途中に土壇があった。しかしよく見るとどことなく不自然で、それを越えた先にも道があるのがわかった。 「これは、カモフラしたいって意欲プンプンだな。こざかしい。でも、でっかいこの車で入れるかな」 「やっちゃるわい」挑戦を受けたように感じたみずるは、愛車を器用にその場でターンさせ、段差を乗り越えて小道に飛び込んだ。助手席で宇藤木が大はしゃぎしている。  小さな林を抜けると、あまり手入れされていない畑と空き地、そして廃屋が並んでいた。  道の先に電柱があり、その下にフェンスがあって、さらに向こうに一連の長屋風の建物群があった。 「昭和の貸し工場ですな。でもまだ、動いているのがある」  建物のひとつに、換気口と思しきスリットの付近の空気が揺らめいて見えた。  あまり近づきすぎるなとの宇藤木の指示で、道の端に車を止めた。 「あ、またにおいがする。懐かしいな」 「まちがいなく鷲羽慎二郎先生のアトリエと同じ匂い?金属加工が発した匂いだね。溶接ヒュームとか熱した切削油」  宇藤木にそう聞かれ、みずるは、はっとなった。 「そうよね」彼女は微かに笑った。 「相手はあなただものね。知らない、気がつかないと考える方がおかしい」  宇藤木はいつものように軽く首を傾げただけだった。 「隠してるわけじゃないし。ただ、ちょっとね」みずるは呟くように言った。  鷲羽慎二郎の姪と知っているということは、誰の娘かもわかるということだ。 「いや、幼くして鷲羽教授のアトリエに出入りできたというのが、驚異的にうらやましい」 「そうなの?」 「ああ。女ガ島よりも行ってみたい。二十代でマグラスチャンバーを完成、その後コンバインクリンシステムやバレールームを世界に先駆け提唱、ウルトラマイクロフォージドも細菌金属も彼がいなければ夢物語だったし、後者など真の発明者とすら囁かれている。もちろんミズルクーラントもね。STAP細胞なんてまだ小さい、わたしにいわせれば彼こそダビンチが裸足で逃げ出す業際の天才だ」 「ありがとう。おじさんが聞けば、素直に喜ぶよ。でも、ただの生産技術屋じゃないかって蔑むのもいた、ごく身近に」 「そいつが阿呆なだけだ」  そう言い切ると、車を降りて宇藤木は大股に歩き始めた。途中手を伸ばし、草むらに落ちていた木の板をつかんだ。武器代わりだろうか。  彼はくるりとみずるを振り向くと、「この板は、罠にそなえて。とにかく、行ってくる」と宣言した。「和気さんは車にいた方がよくはないかい」 「いまさら、なに言ってやがる」みずるも車を降りた。「確信を得られたら、すぐひとり逃げて難波を呼ぶから」 「福沢さんの方がいい気がする」 「それは、そうだね」  ふたりはそろって歩き出した。
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