1.審判の日

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1.審判の日

 その日、私達は天人(てんにん)によって、「天国」の広場に集められた。  「天国」――それは、私が21世紀の日本という国に生きていたからその概念が適用されているというだけで、仏教寄りの人達は「極楽浄土」、クリスチャンの人々は「天国(ヘブン)」、神道の信仰者は「天津国(あまつくに)」と呼んだりしている。特定の宗教色に染まらない私のような者共は、単に扱いのいい「天国」が適用されているらしい。 「なにが始まるんでしょうなぁ」 「なんでも、カミサマから重大なお話があるらしいよ」 「ありがたい御説法かしら」 「ワクワクしますねぇ」  「天国」で暮らす私達は、亡くなった時の年齢のまま、母国語で話すが、自動翻訳されているらしく、言葉の壁はない。  そう。ここでは、なにもかもフレキシブルなのだ。例えば、私達を広場に集めた天人。彼らも、認識するの者の宗教色によって、羽根を持った「天使」の姿だったり、如来のような「天部(てんぶ)」の姿だったりしている。私の目には、ギリシャ神話で見たような白いローブをまとった美青年に見えるから、これがデフォルトなのだろう。  そして――。 「おお、カミサマがいらっしゃった!」  どこからが歓声が上がり、人混みから視線を上げると、確かに虹色の上空にぽっかり丸い光の輪が見える。間延びしたオーロラのカーテンを、綺麗に丸く切り抜いたように、一ヶ所だけ白い。その中に、やはり白く発光した人型が立つ。顔貌が見えないのは、天上のありがたい存在だからに違いない。人間如きが拝見出来るものではないのだ、きっと。 「諸君」  歓喜のざわめきが、一瞬に静まる。声と言うよりは、頭の中に直接響く感覚。あまり心地良くはない。 「善きことに『天国』は、善き者が数多集うところとなった」  果ての分からない広場には、見渡す限り人の頭が連なる。普段はどこにいるのか、ここまでの人口密度は初めてだ。音楽フェスでもここまでの密は見たことがない。 「これ以上の増員は、『天国』が持たぬ。そこで儂は、『第二の天国』を創った」  「天国」に限界ってあったんだ。持たないって、天からこぼれ落ちたりするんだろうか。それは嫌だな。 「これから、ここに引き続き残る者、『第二天国』へ移籍する者の選別を行う」  ザワザワザワザワ…… 「天国って平等じゃなかったのか?」 「ええ……選別って、また裁かれるのかしら?」 「第二って、第一より待遇が劣るんじゃないでしょうね?」 「先着順で分ければいいんじゃないの?」  人々に動揺が走る。意外なことに、ここにいる人間達も十戒スレスレでエゴが強い。カミサマの言葉に、素直に平身低頭とはいかないらしい。 「特に徳の高い者、また比較的高くはない者を除き、選別対象者には『試練』を受けてもらう。よいな!」  強く言い放つと、白い輪っかはシュンッと縮んで消えた。空は一面、虹色。カミサマは去った。言い逃げだ。人々のブーイングなど、どうせ聞く耳を持たないのだろうが、全くもって横暴な話である。 「わあっ!」「ひぃっ!」「嫌だぁ!」  突然、あちこちで悲鳴が上がる。何事かと辺りを見回していたら、私のすぐ目の前の女性の姿が掻き消えた。 「うわあっ!」  悲鳴は、消えた人ではなく、周りの人々が上げていた。注意して見ていると、5人に1くらいの確率で、人々が消えている。  パッパラァ~!  恐怖する人々の頭上で、呑気なラッパの音が鳴り響く。 「以上で、『第二天国』への移送を終了しまーす!」  おおおーっという、安堵の声が小波のように広がる。消えた人々は、徳の高くない……はっきり言うと、徳の低い者。有無を言わさず、『第二天国』送りになった訳だ。  パッパラァ~!! 「ただいまより、『試練』対象者の移送を開始しまーす!」  あっけらかんとアナウンスが響く。さっきまでの3倍速で、悲鳴を上げる間もなく、広場から人間が消えていった。『天国』は狭き門。オリジナルの『第一天国』に残れる者は、更に狭き隙間を通らねばならないようだ。 「ひあっ?!」  不意に視界が歪んだ。掃除機に吸い込まれたら、きっとこんな感じだろう。強い力で引き寄せられて、視界も意識も溶けていった。
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