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息を切らしているのが伝わってくる。
懸命に彼女がこちらへと向かってくる。
緑もレモンの篭を畑の道ばたに置いて、走っていこうとした。
「乃々夏!」
緑が走り出そうとしていたのに、もう彼女がスーツケースを道ばたに放って、こちらへと全力疾走でやってくる。
その顔を見て、走り出そうとしていた緑は立ち止まったままになった。
「緑くん……、緑――、ごめんね、ごめん……、あのままでかけちゃってごめん!!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにして乃々夏が走ってくる。
あんな必死な顔で、あんなに感情的になって、彼女が帰ってくるのは初めてだった。
海軍の白い制服姿の女が、いつものクールな佇まいもそっちのけで、同級生だった彼女の顔で駆けてくる。
そんなに必死になってくれるのも初めて――で、緑はほんとうに彼女なのかと呆然と佇んでいた。
でもそこへと、彼女が白い制服のまま、緑の胸元に飛び込んできた。
その勢いも強く、受け止めた緑も『おっと』と少しだけよろめいたが、しっかりと抱き留める。
「乃々夏、無事だったか」
「ごめん……、あんなことに本当になるとは思ってなくて……」
多くを前置きせずとも、彼女も報道で一般民間人の緑にも伝わっているとわかっていたようだった。
その乃々夏からぎゅっと緑に抱きついて離れない。
エプロンをしている男の胸に涙を染みこませて泣いている。
「軍人だから怖くなんかない。でも、あなたに会えなくなるのは怖かった! レモネード、飲まなかったから、緑くん、追いかけてきてくれたのに……、私、意地を張って逃げたから」
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