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やっぱり。どこかに隠れて最後に言葉を交わさずに旅立っていたと緑は知る。でもそんな彼女を緑もきつく抱き返す。
その肩にどんなに立派な星の肩章がついていても、緑の腕の中に帰ってきた彼女は、かよわき『俺の乃々夏』だ。その黒髪の頭を胸元にきつく抱きよせる。
「俺も……。自分の気持ちばかり押しつけて悪かった。いいんだ、乃々夏。いつでもここに帰ってこい。それ以外なにも要らない。帰ってきて一緒にメシ食えたらそれでいい。それだけは、忘れないでくれ――」
男を待たせていることが重荷なら、重荷にならない男として待っていたい。結婚などして、夫を哀しませるかもしれない女になりたくないなら、それでいい。ただの男と女だけでいい。それが、彼女が任務で危機にさらされ、連絡もつかなくなっても待っていた男が出した答えだった。
「……いや、私……、緑くんと結婚する……」
ん? 一瞬、遠くから聞こえてきた船の汽笛のせいかと、緑は首を傾げる。
でも、胸元で涙をかわいらしく湛えている乃々夏が、じっと緑を熱く見つめている。
「乃々夏、……なんか言ったか」
「緑君と結婚する」
「……それは、いったい、どういう……?」
十回も断った女が、彼女がそれまで危惧しただろう軍人の危機に遭遇して、男と連絡不通となって待たせることに気がとがめていたのに、『結婚したい』と言い出した?
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