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レモンの丘で、緑の葉がさざめくそこで、待ちくたびれた男と置き去りにしてきた女が深く抱きあう。
瀬戸内の潮風の中、緑はやっと白い制服の彼女の肩を抱いて、丘の道をのぼり始める。
「レモネード、作るよ」
「もう金曜日じゃなくても頼んでもいい?」
「金曜日はカレーだけにしとけ」
仕事に関することは、この丘の家ではなし。
彼女はこれからも、ここに還ってくる。
たとえ殉職して死しても、ここに。彼女が最後にと望む場所はこのレモンの丘で、そして緑だけだ。
「……ほんとうは子供もほしいの、でも、私……海に出てしまうから」
「そんなことを気にしていたのか。おまえ、俺がどれだけ家事が優秀かまだ認めていないのか」
「だって……全部まかせちゃうことに」
「俺も子供ほしいからな。とっとと産めよ。俺が子育てがんばるから」
やっと彼女が笑顔になった。
それがいままでずっと言えなかったのだろう。そしてやり過ごして、やり過ごして、どうすればいいのか思っているうちに、今回のような死線を彷徨う出来事に遭遇し、初めて『本心』をむき出しにされたのかもしれない。
その彼女が店のドアまでやってきて、緑に肩を抱かれたまま、丘へと振りかえる。
「私が帰ってくる、緑の場所。甘いレモネードの匂いがするの」
そうだな。緑も瀬戸内の海からそよぐ風の中、彼女と緑とレモンが揺れる丘を眺める。
ここは彼女の家になる。
緑の葉、青いレモン、そして待つ男『緑』。
Green、Green、スイートホーム。
緑が彼女のために守っていく。
(終)
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