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彼女はひとり生きて食べていくために、この仕事を選んだと言っている。
そんな彼女には、もう両親もいない、兄弟もいない。
親戚はいるが、彼女が頼るほどには親しくもなく、近くに住まう人々でもなかった。
彼女は帰る家がない。
でも島には帰ってくる。
小さな一部屋を借りっぱなしにして、休暇はそこで過ごしている。
その時は毎日のように緑のカフェにやってきて食事をする。島にいる間、彼女は料理をしない。すべて緑任せだった。
そんな彼女が休暇で島にいる間、金曜日はレモネードと決まっていた。
カレーは仕事でさんざん食べているから、島にいる間は違うものがいい。そう言われて緑が彼女に出したのが、レモネードだっただけだ。
金曜日以外に彼女が飲むのは、着任し海へ出航へと向かう日。島を出て基地に戻る日だった。
一年のうちに数えるほどしか会えない。
でも、緑は待っている。
そこまで待たされる女なら、他の女をさがせばいい。人はそう言う。
でも。緑の心が揺れることはなかった。
還ってきた彼女が、緑の胸元にひっついて離れてくれなくて、ぐっすりと眠っている『あどけない顏』を愛しているからだ。
緊張をといて、素の顔でくつろいで、微笑んで。『俺の料理』をどれもおいしそうに頬張って幸せそうな顔をしてくれる女は、彼女しかいなかったからだ。身体もそう、彼女は『緑くん』とでないとダメだと言って、海で抑え込んでいる感情をぶつけるように激しく昂ぶり、肌を熱くして求めてくる。
それを受け入れる緑もまた、煽られて翻弄されて、でも彼女と一緒に奈落の底に墜ちていくように性愛を貪る。
ほんのひとときでも、緑には極上の甘美と官能なのだ。
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