②絶体絶命《レモネードを飲まなかったばかりに》

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 いや、彼女との時間は確かにあって、確かに俺とおまえは繋がって交わっていたんだ。そこに気持ちがないなんて不純なことが出来る女じゃない。緑はそう信じている。  月丸レモンを片手に、緑は厨房に戻る。 「帰ってこい、無事に還ってこい。それだけでいいから……」  必死にレモンの果汁をしぼり出す。  実ったばかりのグリーンレモンの最初の香りは鮮烈で、そして非常に酸っぱい。 『すっぱーい。でもいい香り。あれ? でもこのレモン、酸味がちょっとやわらかい? 飲みやすい!』  月丸レモンを初めてレモネードにして飲ませた時の、乃々夏の顔が浮かんだ。  いまレモネードを作っても、彼女はいない。  あの時、出航でここを出て行くとき、十回目のプロポーズを押しつけたあの日。レモネードを飲ませなかったばかりに……。  自分で作ったレモネードを飲み干して、緑はカウンターにグラスをとんと強めに置いて項垂れる。 「これが今生の別れかもしれない……。だったら、飲ませればよかった……。飲ませなかったから……」  もちろん今回、彼女は無事だった。  でも、飲ませなかったから――。飲ませないでもし、彼女に何かあったら、俺は自分の気持ちだけ押しつけて見送ったことを、どれだけ後悔することになったのか、想像したくはないほどの、苦しさが襲ってくる。  いつもの見送りじゃない。  『いつも、これが最後かもしれない見送り』でなくてはいけなかったのだ。
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