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日月との再会
夢……だったのかな……?
寝ぼけた頭で気だるい身体を起こし、ひいひいじいちゃんの日記をじいちゃんに返さなきゃと、机を見たのだが、そこはいつもと変わらず学習ノートが置いてあるだけで、年季の入ったひいひいじいちゃんの日記はない。
ない。
目を擦すってもう一度確かめても、状況は変わることなく、寝ぼけていた頭はどっと出てくる冷や汗と共に完全に覚醒し、机の下、鞄の中、掛け布団をひっくり返し、ありとあらゆるところを二度三度と探しても、ひいひいじいちゃんの日記はどこにもない。
ヤバい………やってしまった……
そう、やってしまったのだ。
厳格なじいちゃんが、大切に保管していた顔も知らないひいひいじいちゃんの日記を僕は……僕は……失くしてしまったのだ!
どんなに言い訳を考えてもきっと信じてもらえないし、それどころか、大切にすると言った僕の言葉は軽いものだったと幻滅させてしまう。
着ていたパジャマを脱ぎ捨て、適当に掴んだ服に着替えると、母親の静止には答えず、家を飛び出した。
返してもらわなきゃ!
僕の……いや、おじいちゃんの大事な日記!!
無我夢中で走っていた僕が、神無し神社にたどり着く頃には、日が頂点に来る頃で、へとへとになりながらも、息を整える事なく、中へと入り、寂れた拝殿の前に立つと大きく息を吸い、今まで出したことのない声を張り上げる。
「日月! 居るなら出てきてください! 僕の! 違う! おじいちゃんが大切にしているひいひいじいちゃんの大事な日記! 返してください!」
僕の声は、ただ、森の中で響くだけで、昨日のような不思議なことは起こらず、鳥が羽ばたく音だけが聞こえるだけ。
ダメ押しで、もう一度、日月の名前を叫ぶと、青空で明るかった空は、どんよりと曇り、陽の光で照らされていたはずなのに、一瞬にして黒闇へと染まっていく。
灯籠の焔が、ぼっぼっと音を立てて浮かび上がり、昨日、聞いた笛の音と下駄の音が聞こえてきたかと思うと、朽ちた拝殿は、以前の姿へと黄泉がえる。
からんころんの音が鳴り止まると、姿を見せた黒髪の妖狐に、僕は生唾を飲み込んだ。
「全く、怖いもの無しが…」
「日月…」
「血は争えぬか……にきなら」
ほら、と日月の懐から出した古い日記帳を差し出されたのだが、僕はその日記を手に取らずに、日月をじっと見ている。
もし、ここで日記を返してもらったら。もう二度と、日月に会えなくなってしまうのかもしれない……
そう思うと、僕の手が、日記に触れようとはしてくれなかった。
怖くないわけじゃない、ただ、僕に優しく触れてきた手の温かさが、読んできた本の知識を一気に反転し、恐怖心よりも、日月の事をもっと知りたいという好奇心が勝ってくる。
何も行動を起こさない僕を不思議そうにみている日月に、もっと話がしたいと切り出す。
顔色を伺っていても、表情を一つも変えない日月の感情はわからないけど、大きなため息を吐いた日月は、僕の前髪を上げ、額に『狐』の文字を書いた。
「人間の匂いは妖かしを呼ぶ……額には触れるでないぞ? よいな?」
「はい!!!」
現実離れしている出来事に、僕の興奮は頂点に立ち、元気よく返事をした僕に、ついてこいと踵を返した日月の後を、小走りになりながら追いかけていく。
揺れる尻尾は一本。
一本か……100年以上生きてるなら、もう数本あってもいいんだけどな……有名な九尾とか?
まぁ、人間に悪戯をする三尾でなくてよかったけど……
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