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笛の付喪神 時雨
日月の隣に立つ見知らぬ人を、ぽかん。と口を開けて見ていた僕に、日月は首を傾げ、僕の見ている方向に視線を向ける。
「なるほど、契約すると視えるのだな」
「な、何? 何の話?」
「ならば声も聞こえよう……時雨」
【しぐれ】
日月にそう呼ばれた見知らぬ人は、ゆっくりと腰を下ろし、僕に頭を下げたまま、名前を名乗った。
<時の雨と書いてしぐれと申します、以後お見知りおきを>
透き通るような優しい声は、耳から聞こえたものではなく、なんというか脳に直接語りかけてくる不思議な感覚についてはいけないけど、時雨に合わせて僕も自己紹介を始める。
「天野辰徳です! よろしくおねがいします!」
「辰徳、時雨は笛の付喪神だ」
「ここに来た時にも流れていた笛の音って……」
私でございます、と微笑んだ時雨に、僕も釣られてそうなんだと、何の疑問も持たずに笑う。
時雨の笑顔に凄く和んでしまっていたのか、日月に呼びかけるまで、二人でニコニコと笑い合っていたのだが、そんな僕たち……じゃない、僕に、日月は苛立っているような声で、僕と時雨さんの間を割って入ってきた。
「だらしない顔をするな辰徳」
「してないし」
「へらへらとしておったではないか」
してない!と頬を膨らませて怒った僕に、日月はどうだかと鼻を鳴らし、そのままそっぽを向いてしまう。
う、わーーなんか、なんかさぁ! これって、なんていうだろ………
〈悋気……でしょうか?〉
りんき? りんきってなんだろう?
僕の心を読んだ時雨さんが、答えてくれた言葉は、僕には難しくて、意味がわからなかったけど、日月が、時雨さんを睨んだってことは、時雨さんも僕と同じ事を思ったのかも知れない。
「ほんと、日月ってわかりやすいね〜」
「人を痴れ者扱いしおって! 一度、くっ!」
「く? 何?」
そう聞いても日月は口を動かすだけで、何も言ってはこない……というか、何かを言ってるんだだろうけど声が出ていない。
時雨さんが何かしたのかな?
そんな疑問を持った顔で時雨さんを見ると、ぷっ。と吹き出した時雨さんは、突然、お腹を抱えて笑いだし、そんな時雨さんに、日月はイライラしているのか、眉間に皺を寄せている。
何もわからず疑問符を浮かべる僕に、目尻の涙を袖口で抑えながら、事の次第を時雨さんは時々笑いを含めながら答えてくれた。
〈日月様は辰徳様を守護致すと申しました故、辰徳様に雑言を申すと、物言えぬ者になるので御座います〉
着物の袖口で口を抑え、ふふふと笑った時雨さんの言葉は、昔の言葉を使っていて、何を言っているのかよくわからないけど、日月が僕を喰うこともないし、僕の言うとおりしなきゃいけない…って事なのかな?
「その通りだ、契約した以上、俺は辰徳を喰えないし、手も出せない……命に変えても辰徳を守るのが絶対ということだ」
〈この時雨も、お手伝い致します〉
やっと呪文が解かれたのか、話せるようになった日月は、腕を組み、僕にわかりやすく説明をしてくれた。
こ、これは……僕のバックに妖狐と付喪神がいるって事になって……そうなると日月が従える妖怪も僕を守護するって事だから……そこから僕の妄想にエンジンがかかる。
僕と日月、時雨さんを先頭に、色々な妖怪が列をなして真夜中の散歩を始める姿………これはもう叫ばずにはいられない……
「百鬼夜行きたーーーー!」
※悋気……嫉妬
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