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誰にでも、忘れられない誕生日というものがある。
永遠にその年が繰り返されればいいのに、と思うほど幸せに満ち足りたものかもしれないし、記憶の彼方に葬り去りたいほど忌々しい思い出のこともあるかもしれない。
コールはもちろん、前者を望んでいた。心から。
夕暮れの海岸通りを、二人で歩く。
大学入学のためにここに越してきてから、そしてTJと出会ってから、二人でこうして連れだって歩くのが日課のようになっている。
ときには、シャツを脱いでスケートボードに興じたり、ベンチに座って課題のレポートを添削し合ったり、ただひたすら、沈む夕日を眺めているだけのこともある。
少し湿っぽい、海の匂いのする風を感じながら、黄昏の街を歩くのは飽きない。
なんといっても、TJと一緒だから。
辺りがオレンジ色に包まれる、夜の一歩手前の特別な時間帯。その中にいると、普段はひた隠しにしているTJへの思いを、なぜだか抑えなくてもいいような気がするのだ。それでも、何も言わないが、溢れる気持ちはそのままに、ただ並んで、歩く。
一方TJも、同じような思いを抱いていた。彼にとっては地元であり、それなりに嫌なことも楽しいこともここで経験したが、生まれ育った街について、特段意識したことはなかった。だがコールと出会ってから、この街が好きになった。彼と過ごすことで、急に景色は鮮やかな色彩を帯び、匂いや温度をありありと感じられるようになった。
この先も、生暖かい潮風に頬を撫でられたとき、その潮の匂いを嗅いだとき、黄金色に輝く波の音を聴いたとき。TJはコールを思い出さずにはいられないだろう。
それを思うと、TJは泣きたくなって、胸が締めつけられた。
「ちょっと、あのへんで座ろうぜ」
コールがあごで浜辺の方を指し示す。
「OK」
人気の少なくなったエリアの、さらに奥の方まで歩く。
コールが先に腰を下ろし、TJがそれに続いた。
コールはスニーカーと靴下を脱ぎ、そのへんに放り投げる。
「……こんな風にのんびりできるのも、最後だな」
「……ああ」
二人とも、その先の現実的な話はしたくなくて、それきり口をつぐんだ。
コールは、手元の砂をすくっては、投げている。
TJは、そんなコールの横顔を、ちらちらと見る。
彼と二人きりで過ごす、最後の誕生日になるかもしれない。
そう思うと、コールの表情を目に焼きつけておきたくなって、いつの間にかじっと見つめていた。
ふと、こちらに向き直ったコールと視線がぶつかる。
お互い、目を逸らさなかった。逸らせなかった。
コールの頬が赤らんだ気がしたが、夕日のせいだと自分に言い聞かせる。
「TJ」
「うん」
「……誕生日、おめでとう」
コールが微笑む。
ああ、もうだめだ。TJはたまらなくなって、砂についた手を、コールのそれに近づける。
小指が、触れた。コールは、その手を引っ込めなかった。
もっと、近くに。TJはゆっくりと目を閉じる――
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