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2. 2019年3月2日(土)⑤
一気にまくし立ててしまったと丸多は思い、一旦一息入れるため、すっかり室温と同じになったコーヒーを一口すすった。そして、正面の気弱な男を流し目に見みてみた。
すると、北原は自分なりに、ここまでで獲得した情報を反芻しているらしく、腕を組んだまま視線を中空に漂わせたりしていた。
丸多がもう少し踏み込もうか一瞬考える間に、今度は意外にも北原の方から切り出した。
「丸多さん」
「はい」
「さっき丸多さんから、板張りの家で密室が成立するか、って訊かれましたけど、建物が燃えてしまった場合に密室って言えるのか、疑問に思えてきました」
割に鋭い。質問を聞いて丸多は思った。
「それもかなり大事だと思います。こういうことですよね。殺人が密室状態で行われたと証言しているのは、当時被害者と一緒にいた東京スプレッドの五人のみです。シルバさんが殺害される前に部屋に鍵がかかっていたとしても、ドアなり壁なりぶち破って、殺害後に家に火をつければ、今回のケースと結果は同じになります。実際にそうだったのかもしれませんが。
それに、こういうことも考えられます。何かの推理小説じゃないですけど、時系列の客観的な認識に誤りがある、つまり、家屋が燃えた後に殺人が行われた、という場合です。
いずれにせよ、密室が成立するためには『信頼できる目撃者』が必要です。被害者が密室に入ってから建物が炎上するまでのプロセスをしっかりと目に焼き付けていて、且つ事件と直接関わりのない人物がいたとして、そういう人から話を聞けたらいいんですが」
「今回の事件で、そんな人いますかね」
丸多は椅子の上で姿勢を直した。
「人はいないと思いますが、あるはずです。報道によると確かに、事件当日現場にいたのは、被害者であるシルバさんと東京スプレッドの六人のみです。他に、『事件は密室で起きた』と判定する、都合の良い監視役みたいな人物はきっといなかったでしょう。現場は山奥ですから。
ですが、彼らは動画を撮影するために当該場所を訪れていた、とこれも周知の事実です。北原さん、事件当日の様子が映された動画のデータって持ってないですよね」
北原は訊かれた途端頭を抱え、「やっぱ、そう来ますよね」と、やや大げさに聞こえるうめき声を発した。
これまでの話の脈絡からして「はい丸多さん、ここに持ってます。どうぞスマートフォンに穴が空くまでご覧ください」とはならないだろうな、と丸多は思った。そして、その退屈な予想は的中しているらしかった。
「すいません、北原さん。答えづらければ答えなくてもいいですよ」
やはり、北原にとって事件の核心はセンシティブな内容なのだろう。無粋に踏み込めば、「事件のことを根掘り葉掘り引き出そうとしてくる人」と同じになってしまう。丸多は嫌味に聞こえないように、言葉を選びながら穏やかに言った。
「私も無理に事件について聞こうとは思ってません」
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