結末

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 理想の日々が無情にも終わりを告げる。  ある日の明け方近く、男が私の家に忍び込んだ。秋が近づき、エアコンをつけることもなくなったため、うっすら開けていたベランダの窓から、男は侵入してきた。  そして私は、体も心も汚された。 ――私という物語はこうやって破滅へと向かっていくのか。  被害に遭った直後は誰にも打ち明けず、ひとりで抱え込もうとしたが、弱りきった私の心が耐えられるはずもなかった。  私は事の顛末を、家族と彼に打ち明けた。砕け散った精神を保つためには、そうするしかなかった。  あれほど優しかった彼も、私が陵辱を受けたことを知ってからというもの、その態度を一変させた。それはきっと、彼の愛情が偽りだったからじゃない。自分が大切にしていた宝物が、誰かの手によって無残にも汚された事実を、受け止めきれないからに違いない。そんな彼を、私は責めることができない。悪いのは、きっと私のほうなんだから。  そして、噂は瞬く間に大学内に広まっていった。それは大学だけに留まらず、なぜかバイト先にも知れ渡っていた。インターネットが主流のこの時代、ひとたび広まった噂は光のような速さで拡散されていく。  何より悲しかったのは、あれほど仲の良かった両親さえも、私と距離を置きたがったことだ。まるで家族じゃないみたいによそよそしい態度。私はこの世界から居場所を失い、孤独に生きることを余儀なくされた。  じっとしていると気が狂いそう。ひとり暮らしのマンションから飛び出した私は、月明かりを頼りに夜道をさまよった。そして、願いをかける星さえも見当たらない空を睨み、すがるように懇願した。 「私の運命はこの先どうなってしまうの? 私に待っているのは、ハッピーエンド? それともバッドエンド? このまま物語は、どんな風に結末へと向かうの? 私が幸せになれるストーリーは、まだ用意されてる? それとも、さらにどん底へと突き落とすつもり? すべてはあなたのイマジネーションの中にあるんでしょ? 私みたいな立場の人間が願えることじゃないのはわかってる。でも、叶えて欲しい。私の幸せな結末を」  耳障りな目覚まし時計のアラーム。まだ起きたくない。いつまでも眠っていたい。 「ミサキ! 起きなさいよ! 学校に遅れちゃうわよ!」  え? 母の声? 「もうすぐ高校も卒業なんだから、遅刻ばっかりしてないで、ちゃんと学校に行きなさいよ!」  高校? 卒業?  手元のスマホがメールの受信を告げる。 『悪い! 寝坊した! 先に学校行ってて』  それはナオトからのメールだった。  もしかして、ぜんぶ夢だったの?  私は、ある作家のとある作品に登場する主人公。私のすべては作者の意のまま。そして、物語は起承転結に従って(つむ)がれる。起承転を経た今、物語はまもなく結末を迎える。 「まさかの夢オチ?」  思わず笑ってしまった。あろうことか、禁断の夢オチが私を待っていたなんて。 『遅刻してもいいから、自転車の後ろ、乗っけてよ』  私は彼に返信する。いつもどおりの日常。今までと変わらない日常。もう、何も起こらなくていいよ。何も起こさなくていい。今ならきっと、退屈な時間でさえ愛せる。 「ありがとう」  私はこの結末を用意してくれた作者に心から感謝した。と同時に、夢オチなんかで物語を結んでしまう、作者の才能の無さを哀れんだ。
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