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金沢駅に到着して、私はそのまま『だらぶち』に寄った。東京駅で土産を買うつもりだったのだが一目散に新幹線に乗り込んだために土産を買うのを忘れていた。仕方がないので私は言い訳代わりに東京での出来事をママに話した。もちろん車の中でのことも。素面で語るのはツラかったのでハイボールを三杯飲んだ。ママは嘲る様に私を笑った。
「ダッセェ、一緒にメシ喰えば男か女かくらい分かるだろ」
「『男の娘』って言うらしいですよ。いや、ネットでそういう存在があるってのは知ってましたけど、でもコスプレしてない時ですらあんなにナチュラルに振舞う人、会ったことがないものですから」
「性別以外はお前の理想通りなんだろ? じゃあ別にいいじゃねえか、下村さんのケツ掘ってこいよ」
「勘弁して下さいよ」
酔いも回って来たので私はめった汁を注文した。その時に七味唐辛子も頼んだのだが、出されたお椀を覗いてみれば、具材の上に赤やオレンジ色の粉の山がこんもりと盛られて汁も一面粉で埋め尽くされている。七味唐辛子を入れた状態で提供されたのも驚きだったが明らかに法外な量だったので流石にママに抗議した。「蓋が外れたんだからしょうがねえだろ」の一点張りでまるで取り合ってくれなかった。我慢して口に入れるとやっぱり口内がチクチク刺されたような刺激に包まれた。本当は下村さんと飲んだあの豚汁の味を楽しみたかったがとても感傷には浸れなかった。
店に電話がかかってきてママが取った。私はスマホでテキスト編集ページを開いた。『片山さん』が家計簿をつけているのを主人公が覗き見て𠮟られてしまうというシーンを書いた。下村さんが言ったようにどこかの誰かの一面をつなぎ合わせて作られたであろう『片山さん』は、曇りなき私の理想像として今も小説の中に存在している。一体どこの誰の一面を拾い集めてきたのだろうと考えるのも面白かった。ひょっとしたらその中にこそ運命の女性がいるかもしれない。
お冷を片手にめった汁を流し込む。カウンターの向こうから、少々お待ちくださいませ、とか、かしこまりました、などと言った場違いな声が聞こえてくる。ママでも電話口では声が変わるんだなと思いながらぼんやりとその様子を眺めているとデジャブを覚えた。受話器を片手にカレンダーとにらめっこするママとスマホの画面を交互に見た。気のせいか、と私は最後の一口を流し込んだ。刺々しい味がしたが、サツマイモの欠片がほころぶと、一瞬甘味が広がった。
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