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 定時で仕事を終わりにして金沢駅に降り立って、私は今日もバス停にはまっすぐ向かわず、路地裏のスナック『だらぶち』に寄った。酒や料理が特別おいしいというわけではないが、惰性で通い続けて三年になる。スナックを切り盛りするのは三十代前半の若いママだ。適当に気崩した着物と雑にまとめた長い金髪、いつもダルそうな三白眼という客商売にあるまじき風体なのだが、コアなファンも一定数いる。口も悪い。 「で? こんなもんオレに読ませて、結局何だってんだよ」と、ママは私のスマートフォンを弄びながらそう言った。  その日、私は酒を飲みながらママと話し、どんな女性がタイプなのかと質問された。私は口頭で答えようかと思ったが、趣味で書いている小説の中でちょうど好みの女性を書いたばかりだったことを思い出し、その部分をママに読ませようとスマホを手渡したのだった。そこに書かれている『片山さん』が僕のタイプの女性なんですよ、と私は言った。 「素朴でありながら家庭的で、可愛らしい一面もあって、なんていうかな、『千と千尋の神隠し』に出てきた千尋ちゃんがそのまま大人になったような、そんな感じの人が好みなんです」 「今どきそんな奴がいるかねぇ。それにしてもお前、いつもスマホいじって何やってんだろって思ってたけど、小説なんて書いてたのな」 「下手の横好きですけどね」 「そうみたいだな。分別されたゴミが好きな主人公の話なんて、一体だれが読むんだよ」  私は生ビールと冷酒の心地よい酔いに浸りつつ、いかにこの話が面白いかをママに話した。いいですか、この話の主人公はマンション管理員でもちろんゴミ集積所の分別もしています、でも分別のされていないゴミ袋があまりに多いので『良く分別された理想的なゴミ袋』のイラストを貼って分別し易くしてあげようと考えました、そうして『良く分別された理想的なゴミ袋』の絵を描き始めるわけなんですが、次第にどんな人がこんなゴミを捨てるのだろうと想いを馳せるようになっていき、やがてその人こそが自分の理想の人だと錯覚するようになっていくんです、そして東北地方で理想にぴったりの女性『片山さん』を見つけ出し、何度も頭を下げてやっと同棲させてもらえるというところまで漕ぎつけたんです、と私は時間をかけて説明した。 「つまんねぇ」  ママはそう言って一蹴し、めった汁を出してきた。めった汁とは石川県の郷土料理で、サツマイモの入った具沢山の豚汁である。名前の由来を私は知らない。「豚をめった刺しにして作るからだろ」と以前ママは言っていたが、それは多分間違っている。町内会のイベントなどでは必ずと言っていいほど振舞われるので子供の頃からよく食べてきたが、ここ『だらぶち』でもおつまみメニューに含まれている。私は〆にめった汁をよく注文していた。最近ではママが“ぶぶ漬け”代わりに出したりもする。具材の様々な触感と味わいが酔った頭を明瞭にし、体をポカポカにしてくれるのだ。  帰りがけに、ママが私を呼び止めた。 「突然だけど、明日は休みにしたからな。間違えて来るなよ」 「ああ、それなら大丈夫。明日、明後日と東京の友達に会いに行きますので。だから次は日曜日の夜かな、こっちに帰ってきた時に土産持って参りますよ」 「二泊三日で東京か、羨ましいねぇ。ついでに恋人でも探してきたら?」 「そうですね。東京は人が多いから見つかるかもしれません」  そうは言ったが、このとき私は毛ほども期待などしていなかった。
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