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 三人で夕食を取ることになり、私たちは神田のやよい軒に入った。友達はチキン南蛮定食で、後輩の下村さんは鉄火丼と豚汁を頼んだ。僕も下村さんと同じものを注文した。  下村さんは衣装こそは私服になったが、まだ私の理想の存在であり続けている。やがて食事が運ばれてきて、三人で食べながら話をしたが、印象が変わるということはなかった。きっと『片山さん』と同棲を始めたマンション清掃員はこんな気持ちなんだろうなと私は思った。今ならもっと上手く書けそうな感じがした。  そのときにはすでに下村さんに対する気持ちは固まっていたが、気になったのは友達と下村さんの関係だった。二人が本当に職場の先輩・後輩の間柄なら問題なく告白もできようというものなのだが、恋人同士、あるいは意識し合う仲であるなら少し慎重にならねばならない。「二人は付き合ってるんですか?」と素直に聞ければいいのだが、その一言でもギクシャクする可能性は否めない。だから私は会話の中から友達と下村さんの関係性が探れないかと耳を澄ませて集中した。下村さんが豚汁に七味唐辛子を入れるのを見て、私も真似た。あまり辛さを感じなかった。  三人の会話は私が小説を書いているんだという流れになって、私はまた説明をした。下村さんの前ということもあり語る口調にも熱が入る。マンション清掃員、『良く分別された理想的なゴミ袋』、そして片山さんと同棲するに至るまでのあらすじを懇切丁寧に話した。特に『良く分別された理想的なゴミ袋』に入っているリンゴの芯や古びたシャツやらレシートやら生理用品などと言った可燃ごみの持つ情報を多角的に分析し捨てた人を特定するというミステリ要素と、『良く分別された理想的なゴミ袋』というマンション清掃員のイメージから現実の人間を探し出すという独創性について、重点的に説明した。 「同棲して、それからどうなるんですか?」 「まだそこまで書いてないよ、でもハッピーエンドにするつもりなんだ。ゴミという最も汚いものにまで気を遣っている人たちが不幸になってしまうのは、創作とはいえ忍びないからね」  今、席についているのは私と下村さんの二人だった。友達は「ご飯をお代わりしてくる」という名目でどこかに逃げてまだ帰ってきてはいない。ママも友達も私の小説を邪険にしたが、下村さんだけが楽しそうに聞いてくれた。たとえ気を使ってくれているのだとしても嬉しかった。 「もしかして、その『片山さん』って実在する人じゃないですか?」  下村さんがそう言ったので、私はドキリとして思わず「目の前にいます」と言いそうになったが、すんでのところで我慢した。 「どうしてそう思ったの?」 「私の知り合いに小説同人誌を作っている人がいるんですけど、たまに私に似たキャラクターが書かれていたりするんです。聞いてみたら、やっぱり実体験から着想を得ているって言ってたものですから」 「私の場合は違うと思うよ。だって普段接している女性なんて『片山さん』とは似ても似つかないスナックのあばずれママくらいだから」 「じゃあ全くのゼロからキャラクターを創造した、と?」 「さあ、そう言われるとどうなんだろう。意図せずに色んな所から参考にしちゃっているのかも」 「いずれにしてもすごいなぁ。丁度さっきの話のマンション清掃員がゴミの情報を集約し理想の女性を見つけたように、今までに出会ってきた人たちの一面をつなぎ合わせて『片山さん』というキャラクターを生み出した、きっとそんな感じなんでしょうね」  私は、なんて素敵なこと言ってくれるのだろうと感動した。そして同時に、絶対にこの人こそが運命の女性に違いない、友達から奪ってでも一緒にならなければいけないのだと、決意を固めた。  やよい軒を出て駅に行き、下村さんは山手線で自宅に帰り、私は友達の家に泊めてもらった。もちろん連絡先は交換した。
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