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『  午後一時過ぎにマンションの掃除を終了し僕がリビングルームに戻ってくると、片山さんはテーブルに家計簿を広げていた。 「お帰りなさい。今日は早かったんですね」  片山さんは眼鏡を外しながらそう言った。そして「急いでお昼ご飯を温めますね」と言ったので、「先にシャワー浴びるからゆっくりでいいですよ」と僕は言った。同棲を始めて二週間が経過したがお互いに丁寧語で話し合うのは変わらない、しかしだいぶ生活に慣れてきているのは実感できる。ストレス無く譲り合える関係性が心地良い。  いつもよりシャワーのお湯を熱くした。ボディソープもいっそう泡立て、入念に指の間や首周りをゴシゴシと拭く。朝、ゴミの分別をしていた時、ゴミ袋を開ける際に無駄に力を入れてしまい生ゴミや液体をぶちまけてしまった。マンション管理員として幾度となくゴミの分別作業をこなしてきたがこんなミスは久しぶりだった。なぜ気が緩んでしまっているのだろう、答えは考えるまでもなく見つかった。鏡にニヤけた自分の顔が映っている。僕はシャワーを止めて鼻歌交じりにリビングに向かった。  昼食がテーブルに並んでいた。ご飯に豚汁にオムレツに冷や奴。僕がテーブルに腰を下ろすと片山さんも向かいに座り、再び家計簿と格闘を始めた。片山さんは、何か計算が合わないのだろうか、しきりに頭を抱えて電卓をたたき続けている。テレビからは漫才番組の笑い声が聞こえてくるが、僕は音を小さくした。台所には四角い蓋付きのゴミ箱が三つ置かれて『可燃』『不燃』『資源』とそれぞれ書れている。昼食を作る際にでた卵の殻や豆腐パックといったゴミはきっとあの中にきちんと分別されているに違いない。  温かい食事、理想の女性、ちゃんと分別されているゴミ。僕は食事をしながらこれらを何度も見回した。まさに理想的な環境だった。見回すたびに心が満たされていくようだった。  しかし同時に、この幸福が失われるのが怖かった。 』  読み終えるなり、「何だコリャ?」とママは言った。
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