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私を待っていたのは、智也ではなかった。
駅前のオブジェの周りには、たくさんの待ち人がいる。こうして私が一歩ずつ近づいている間にも、何組もの合流者ができてはまとめて去って行った。同じ色でくっついたぷよぷよ同士が一緒にどこかへ消えてしまう様を思い出す。
智也の代わりに私を待っていたのは、お風呂の洗い場に置いておく椅子のような形をしたものだった。桶とセットの、あれだ。ただしそれはプラスチックではなく木材でできているようだった。丸みもなく、裸で触れるには少し危険かもしれない。
オブジェの前に置かれたそれがなぜ自分を待っていると思ったのか、自分でもわからない。それでも私自身は、それが智也に変わる何かだと感じ取っていた。というか、近づくにつれやはり智也だとも思い始めた。とても見た目は異なるけれど。
「お待たせ」
私は智也に挨拶をした。きちんと目を見て挨拶ができたのかわからない。目がついているのかさえもわからない。
「おう、おはよ」
智也は言った。くぐもって聞こえた。じゃ行くか、と言う彼を私は頷いて抱えると、近くのショッピングモールへと向かった。
智也は私より四歳年上の会社の先輩だった。交際を始めて二年が経つ。智也は教えるのがうまく、私の会社での高評価は彼のおかげと言っても過言ではない。智也自身もなかなか優秀で、今や仕事における私の目標にさえなっている。彼のアイデアから学び、技術を見て盗み、いつか超えてやろうと思っている。智也を踏み越えて、さらなる高みに私は行きたい。
「映画までまだ時間があるね。ちょっとそこのブランド見てもいい?」
私は胸元の智也に言った。いいぜ、行こう行こう、と踏み台姿の智也は言った。
「可愛い〜!」
私は黄色い声を出した。私の好きなブランドの新作は、まさにどストレートの好みだった。私は値札をちらりと見る。数字が六桁。
「こんなに可愛いのになあ。やっぱり高いよね・・・」
私があからさまにしょんぼりすると、智也は言った。
「どれ? 俺プレゼントするよ。最近仕事も頑張ってるし、ご褒美ってことでさ!」
私ににこりと笑顔を向けた(気がした)彼は、いつも間にか長方形の皮素材になっていた。先程よりも持ちやすいし目立たなくて嬉しい。小さいわりに、ずしりとした重さがあった。ボタンとファスナーが付いている。
「ほんと!?ありがとう!智也大好き!」
私は心からお礼を言うと、彼に付いているファスナーを開けてお金を取り出し服を買った。
映画を観終えると、私達はレストラン街のカジュアルなイタリアンで食事をした。
「さっきの映画さ、実は監督は他の役者を主人公役に使いたかったんだってさ!」
「え、そうなの??」
「うん、それから映画の中のあそこ、あれフリじゃなくて本当にやってるらしい」
「えええ、ほんとに??」
「ちなみにあの監督の次回作のあらすじはさ——」
角のない箱型で黒くて、長細い銀の棒が唐突に突き出している智也の突起の一つを、私は深く押した。突起は一度沈み込むと、元々沈んでいた隣の突起と共に再び上に出てきた。智也の網模様の部分が黙った。
私は向かいの席のラジオから目を背け、長いため息をついた。
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