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センター長の決断 マテオの語り
早朝五時ごろになって師長が報告にきた。
「マテオドクター、男の脳死判定を規定に従ってやりまして、やはり脳死と判断されました。よってつけている生命維持装置を外そうと思います。その許可をいただきたいです」
確かに、それは当然の成り行きだ。通常なら直ちに死への道筋が進む。
「師長、ちょっと待て、外国人だったな」
「そうです、持っていたパスポートから日本人と判明しています。男性はカズトサクラダ、三二歳。もう一人の女性の方がアヤカフルイチ二九歳です。いずれも東京の夫婦のようです」
「そうかナポリの領事館には連絡したのか」
「いや、まだです」
「わかった、まず領事館へこのことを連絡して彼らの許可を取ってくれ」
「そんな許可必要ですか」
「わからないけれど事後報告はまずいよ。連絡だけはしておかないと。あいつら威張っているからな。ほれ、三ヶ月前に同じようなことがあって、後で知らせなかったと文句を言われて、かなりこっちは不愉快な思いしただろうがな」
「確かに、思い出しましたわ、あの受付はとっても感じが悪い」
「だからこそ尚更だよ、報告さえしておけばいいのだから」
「わかりました、この時間ではどうせ誰も出ないので昼になってから報告します」
「生命維持装置を外すのはその後にしよう」
「了解です」
「ところで女の方のドナーの連絡はまだないのか」
「残念ながら一件候補があったのですが、ヘルシンキからで、ちょっとドナー心臓の搬送に時間がかかり過ぎてしまいますので諦めました」
「そうか、それは残念だったな、ヘルシンキでは遠い。ところで男の血液型は何だった」
「女性と同じB型です」
「そうか」
「どうかしましたか」
「いや、ちょっと気になっただけだ。同じB型か」
どうしてそんなことを聞いたのだろうか。ちらっと頭をかすめたのは、両方とも同じ日本人なのだから外国人のよりは拒否反応が少ないだろうかなと。
男が脳死で女は心臓がもうない。それならその心臓を女に移植するというのはアリではないだろうか。
このセンターの欠点は場所がナポリということだ。ヨーロッパの南に位置しており、どうしてもドナーの搬送に遠すぎるのでダメということがままある。
先日センター長に呼ばれて最近移植件数が減少しておりもっと頑張るようにと言われたことが頭に残っていた。
目の前にドナーとレシピエントがいるのなら何もヨーロッパ移植センターを通さなくてもここで完結できるわけだ。
とにかく明日領事館へ報告するまで待とう。一眠りだ。
あくる日はナポリとは思えないほどの冷たい雨が降っていた。師長は領事館に連絡したようだが、けんもほろろの扱いを受けたようでまだ怒りまくっていた。
まあいい、とにかく連絡は済んだ。あとはこっちの裁量でやれる。センター長が病室に見に来てくれた。
「男の方は脳死判定済みです。循環状態は安定しており、他には目立った問題点はありません。女の方は感染が問題なのですが、今のところ安定しています。人工心肺の運転は順調です。まだドナーの候補は見つかっていません」
「そうか、しばらく待つしかないかな」
「でもこの悪天候ですので、今日もまたナポリ空港への着陸が困難という理由で、他の病院へドナーが回されてしまう可能性が大きいです」
「確かに、それは問題だ。待てよ、確か両名は夫婦で同じB型だったよな」
「はい、そうです」
センター長がジロッと私を睨んでおもむろに言った。
「マテオ、お前、男から女に植えればいいではないか」
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