4人が本棚に入れています
本棚に追加
古市綾香 綾香の語り
就職して三年がたった。
大学院を出て専門職としての三年間だった。大学卒業当時がちょうど不況の時期でもあり、思うような就職先が得られなかったので大学院に進んだ。結果としてはそれが幸いして、専門職として今の職場に入れた。
当初から専門職扱いなので単なる新人ではなく、机もあり、アシスタントの女性もついてくれた。
収入も普通のサラリーマンの二倍近くはもらえて、単なる二十代の女の子としては結構の実入りだ。
その分、早朝出勤やら午前様やらブラックは相当なものだが、でもそれらも自由裁量で自分の意思で全て決められる。何より女子ということでのハンディが何もないのが、とてもいい。
入ってみてわかったことだが意外と私はこの仕事に向いているようだった。
研究して成果をまとめて発表する、その道筋は大学院で学んだことそのもの、お手の物だ。
大学院では単に学内での発表だったが、会社ではそれが会社の名前が付いた公表物になって広く一般に伝搬される。
その速さやインパクトの大きさは書いている本人の背筋が寒くなるほどだ。
責任の重さに足がすくみそうにもなるのだが逆にその緊張感というかスリル感がたまらない快感でもある。
時にややうがった見方の論文を書いた時など、実際にそれが現実になっていくことを目のあたりにして発表の恐ろしさも十分感じさせられた。
「古市さん、昨日のデータまとまりました」
さわやかな声が聞こえてきた。アシスタントの由香里さんだ。私より二年先に入社している。
ただ大学院には行っていないので年齢的には同期、しかも同じ大学。
彼女は不況にもかかわらず就職できた組だが、一般職なので私のアシスタントをしてくれている。
五年目になった今でも私の初任給の給与よりも低い。でもとっても感じのいい人、よく一緒にランチするが、仕事はほどほど、それより今の彼との夢がいっぱい膨らんでいて幸せいっぱいの状況だ。
「ありがとうございます。今の仕事が終わったら取り掛かるので、そのまま置いておいてください」
「あら、古市さん、今日はイブですよ。そんなにずっと仕事なのですか」
「いいえ、大丈夫よ。今日は私も約束があるの、同じ同期のお友達と後でワインバーよ」
「そうですか、それは良かったですね。いつも会社にずっといるので、ちょっと心配してました」
「私も自分のしたいことくらいはやっているわよ、ご心配なく」
「そうなのかな。古市さんて同じ大学だし、行ってみれば同期ですよね、入社時期は異なるけれど。同じ学校出てこんなにも違うのかと、実のところちょっとびっくりしています」
「え、それってどういう意味」
「いえ、決してそんな変な意味ではないです。ただ、私は入社時、彼がいてその人が一番て思っていたので、それに合わせて仕事を選んだのですけれど。まあ確かにうまくいかないで別れてはしまいましたが、でもそのあと今の彼と付き合うようになって、やはり女の子として今の道選んで正解だったなと思っているのです。とても古市さんのように始発から終電までなどできませんから」
「別に女だからっていうことは関係ないわ。ただ私は今の仕事結構好きよ。やりがいというかその影響力の強さにびっくりしているから」
「確かに、古市さんは主任やっているわけですから、それは責任も重いし面白いのだろうけれど、私はもっと他にゆっくり楽しみたい派です」
「いいじゃない、それぞれで。しっかりイブを楽しんできてね。でも明日遅刻はしないでね、締め切りの原稿が山積みなのだから」
小さな息抜きの会話だ。由香里さんと話しているとふっと肩のコリが取れていく。
最初のコメントを投稿しよう!