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 ■■■  マグノリア学園、イリアの暮らす王国の名を冠した学舎において、無事な冬越えを祈願するためのパーティーが開かれている。  マグノリア国では冬が厳しく、昔は貴族であっても冬を越すことが難しかったから、命ある冬越えを祈って日もちのしない食材でささやかな宴を催していた。  だが今では国も発展し、食糧の問題も解決し、無事に冬を越すための魔道具がさまざまに発明されたおかげで春を無事に迎えられない民というのもほぼいないため、ただの歴史でしかない。  しかし、宴をして無事を祈るという文化だけが残ったため、現代になってもマグノリア国では年末にパーティーを開くことが習慣となっている。  ここ、マグノリア学園でもそうだ。  冬越えの宴、歴史の暗い部分など形骸化して久しい今では、日持ちのしない食糧、などというしばりもなく、ただ美味しいものを着飾って食べ、ダンスに興じるという楽しいだけの行事は、イリアの通うこの学園でも当然開かれる。  そのパーティーで、婚約者である第二王子の体調不良により、弟との参加を余儀なくされたイリアは、会場に入った瞬間、好奇のまなざしにさらされることになった。  くすくすと笑う誰かの声がする。  弟が周囲を睨みつけて威嚇するのを手で制して、イリアはダンスホールに足を進めた。  大きな窓から雪が見えた。はらはらと降る雪は、イリアの透き通るような銀髪と同じ色をしている。 「姉さん、あれ」 「……まあ。リチャードさま。お元気でいらしたのね、まあまあ、ダンスまで踊っていらして、あんなに無邪気に」  義理の弟が指示した先には、貴族令嬢たちに囲まれた婚約者がいた。先ほどの笑い声はここだったのね、とイリアは納得する。  にこにこへらりと笑うそのさまは、イリアの言葉がぴったり似あうほど「無邪気」だった。  自分が悪いことをしているなどとみじんも思っていない、子供のような楽しみ方。  いつものことだったので、イリアはにっこりとほほ笑んだ。  婚約者をないがしろにして、よそのご令嬢と浮名を流す王子は、もう18にもなるというのに分別というものを知らない。  それをかわいらしく思って、イリアはいきり立つ弟の頭をよしよしと撫でた。  これは王から打診された婚約。  おっとりとしてけして怒らず、しかし建国以来最高の才女と名高い、かつ公爵家の権力も備えたイリアは、まさしくリチャードの子守り役にぴったりだというわけだ。  事実、イリアはリチャードの起こした問題の後始末をしてやったり、リチャードの代わりに執務をこなしたりと、リチャードの尻ぬぐいをしてきてやった。  イリアは自分の一生がこの実にいとけない王子の乳母として終わるのだと思っていたし、納得してもいた。イリアは他人の世話をすることが好きだった。 「いいの?姉さん。あのバカ、仮病までつかって姉さんを放り出しておいて……それなのに」 「あらあら、わたくしのかわいいアレク。そんな汚いことばを使ってはいけなくてよ。それに、見てごらんなさい、アレク。リチャードさまのあのお顔……、まるで歩き出したばかりの幼児のよう。そんな幼い子のいたずらに怒ってはかわいそうよ」 「……僕は、姉さんが少しでも悲しく思うなら、あのバカを……リチャードを廃嫡させてやることだってできるんだよ」  バカ、と口にしたアレクをイリアが眉を下げて見つめると、アレクはぐうと喉を鳴らして頭をかいた。リチャードのよりも少しだけ明るい金髪がふわふわと揺れる。 「姉さん、本気で言ってるんだもんなあ……」 「いい子ね、アレク。わたくし、あなたが素晴らしい人間に育ってくれて、本当に嬉しいわ。きっと素敵なお嫁さんをもらえるわね。ふふ、わたくし、お嫁さんに嫉妬してしまいそうよ」 「嫉妬!?」  アレクがひっくりかえった声を出して、口を手で押さえる。  その顔は真っ赤で、イリアはどうしたの?とアレクの頬に手を伸ばした。  手に触れた、酷く熱い体温に、目を見張る。 「アレク、熱があるわ」 「違う」 「お休みしたほうが」 「何でもないったら」 「もう……。無理はしないのよ?」  公爵家の末の姫君である宝石姫と、血のつながりはないが彼女が大切にいつくしむ義理の弟。輝くばかりの銀髪のイリアと、まばゆい金髪のアレクは並ぶと一枚の絵のようだ。  周囲のだれかが感極まったように嘆息する。  そうやってじゃれる二人を、周囲の、高位貴族の令息令嬢たちがほほえましげに見つめる。  一方で、逆らえない下位貴族の令嬢を侍らせて顔をにやつかせているリチャード第二王子には、だれもが、使用人すら冷たい視線を向けた。
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