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3
そうして、パーティーは進む。
楽しく食事を摘まみ、出席者と話す。ダンスは、リチャードがファーストダンスを踊ってくれることもないので他のひととは踊れず遠慮したが、イリアはそれなりに楽しく冬越えの宴を楽しんでいた。
傍らにかわいいかわいい弟のアレクを連れて。
だが、その喧騒を大きな、がなるような声で中断させたのがリチャードだった。
「皆の者!大切な発表がある!」
そう言って、リチャードが拡声の魔法具まで使って――彼は魔法が上手く使えないのだ――楽しんでいた皆の注目を集める。
これはいけないわ、とイリアは思った。なぜなら、楽しい宴の最高に盛り上がる時を騒音じみた声で中断させられた参加者たち学生は、みな一様にリチャードに対して負の視線を向けていたからだ。
相変わらず、思慮が足りない。
こんな場所で、そんな勝手なことをすれば、王子と言えど糾弾は免れまい。
これは国の名を関した学園の行事、すなわち、未来の貴族当主たちの大切な社交の場である以上に、国家行事なのである。
不勉強なリチャードは知らないだろうが、パーティーの余興ひとつひとつに儀式的な意味があるのだ。それを中断したとなれば、リチャードの代わりに役員たちが必死になって整えたパーティーが台無しになってしまう。
「リチャードさま」
フォローに入るべく、イリアは声を届ける音の魔法で、リチャードにだけ聞こえるようにその名前を呼んだ。
リチャードの視線がこちらを向く。よかった、気付いていただけたんだわ、と思って微笑んだイリアだったが、次にリチャードの口から発せられた言葉に、目が点になってしまったのだった。
「イリア・トゥール!お前との婚約は今日をもって破棄する!」
――そうして冒頭に戻る。
ショールをかけてやった、震えるハリエットの肩を抱いて、イリアはやさしく「大丈夫ですよ」と声をかけた。
こんなに震えて、かわいそうに……。
わなわなと震えるリチャードの言葉など耳に入らない。
イリアはいつだって弱者の味方だ。この場において二番目の弱者がリチャードなら、一番の弱者はハリエットだろう。こんなに脆弱で芯のない存在を、イリアはいままで見たことがなかった。
やさしくやさしく頭を撫でる。すると、その手がぱっと払いのけられた。
もっと言ってしまえば、軽い火花とともに、儚い攻撃魔法がイリアの手に放たれた。
イリアが軽く瞬きするだけでかき消せてしまうような弱弱しい魔法だ。
驚いてイリアが目を見開くと、ハリエットはどうして!と血走った眼で叫んだ。
「このおとぼけ女!あんたが今することは、リチャードさまとの婚約破棄をはいと受け入れることなのよ!?どうしてそんな、気にしてないみたいな演技を……」
「演技?いいえ、リチャードさまは大変熱心に作家の練習をしていると思いましたわ。わたくし、もしかしてエキストラに配役されていましたの?気づきませんでもうしわけありません。けれど、以前から許可なく催し物をしてはいけませんとリチャードさまには申し上げております。もう忘れてしまったのですね?リチャードさまがご迷惑をおかけしました、ハリエット嬢。ご実家のクローネ男爵家には、今度お詫びの品を持っていきますわね」
実家の名を当然のように知っているイリアに、ハリエットが瞠目する。
しかし、将来の王子妃が国の貴族令嬢の名を覚えていないわけがない。イリアとしては当然のことなのだが、ハリエットはひどく動揺したようでその顔を真っ赤に染め上げた。
「な……によ!リチャードさまがあんたのものみたいに!」
言うが、ハリエットは手の中に火球を出現させた。
イリアさま!と誰かが悲鳴を上げる。火球が大きくなり、ごうと音を立てるとイリアに向かって放り投げられた。
イリアは眼前に迫る火球を呆然と見ていた。動かないイリアに、周囲の人間が悲鳴を上げる。
――その時。
ふわり、と体を抱きしめる慕わしい体温。やわらかな匂いがイリアの鼻腔を占めて、イリアはあら、と小さく口にした。
「アレク?どうしたの」
「姉さん……、無茶をしないで、助けを呼んでといつも言っているでしょう」
「助け?」
イリアが首を傾げると、ハリエットはイリアを抱きしめたままのアレクを見て、ああ!とはしたなく叫んだ。
「だ、第一王子のアレクシス……!?隠しキャラの……!うそでしょ!条件を満たしても現れないから、バグで消えてるんだと思ってたのに……!」
隠しキャラ?バグ?またリチャードの作品の話だろうか。
イリアがリチャードを見上げると、リチャードは小動物のようだったハリエットの豹変に腰を抜かしていた。
淑女を放り出すとは情けない。あきれ返ってものも言えない。
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