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「アレクシスは、リチャードと同日に生まれた第一王妃の子……。でも第一王妃が死んだから、後ろ盾もなく離宮の奥に住んでるはず……。だからリチャードとの好感度を上げてから何度も離宮に行ったのに、そこはもぬけのから!だから絶対バグだと思ってたのに……!」
「ハリエット嬢……?」
イリアは驚いて目を瞬いた。
だって、ハリエットが口にしているのは10年前のゴシップ誌が騒ぎ立てた内容だからだ。
10年前に終わった内容を繰り返している意味がわからない。
彼女の実家は田舎だと言っても、さすがにそこまで世間に疎いものだろうか。
疑問に思っていると、隣にいるアレク――アレクシスが、呆れた声で「は?」と口にした。
「古い、情報が古すぎる。頭に埃でも詰まっているのか?たしかに僕は10年前まで離宮に住んでいた。後ろ盾がない僕では、暗殺の危険から身を守れないから、隠されていた」
「ほら!その通りでしょ!?」
「……しかし、トゥール公爵令嬢が僕を見出し、公爵家を後ろ盾として僕を庇護してくれた。それは公式に発表された、正式な情報だ。それ以来、僕は公爵家に住んでいる。王位継承権第一位の王太子として、ふさわしくあるように教育を受けながら!」
「ハァ!?し、しらない、ゲームには、そんなこと」
「自分の不勉強を棚に上げて何を……。お前ごときが僕の大切なイリアに並び立てるとでも思ったのか」
アレクが力説するが、そこまで力を籠めることでもない。と、イリアは思った。
あの日、迷子になったイリアが偶然迷い込んだ離宮で出会ったアレクシス。イリアは、その孤独な様子があまりにも胸を締め付けたから「わたくしがずっとあなたを守るわ」と手を差し伸べたに過ぎなかった。
大げさだとは思うが、イリアと同じくずっとそのことを忘れていなかったアレクに、イリアは胸のうちがほのあたたかくなるのを感じた。
イリアがしたことは大したことではない。けれど、あの日アレクに出会ったことは、イリアの中でも大切な思い出だったからだ。
思わず微笑んだイリアを見下ろして、アレクのこわばった顔が少しだけ緩む。
しかし、そこで我に返ったリチャードが参戦してきたため、アレクはまた氷のように冷たい表情を浮かべることとなった。
「アレクシス、お前が王太子だなんて聞いていない!お前は臣籍降下したから公爵家に行ったんじゃないのか」
「リチャード、この国では産まれ順に継承権がある。たった数時間とはいえ僕が兄だ。だから僕の継承権はお前より高い。それに、お前は遊び惚けているから知らなかったのだろうが、三年前に立太子も済ませている。お前は仮病を使って儀式をさぼり、遊んでいたから知らなかっただろうがな」
知らなかっただろうが、と強調して言うアレクに、さすがのリチャードも嫌味を言われていることを理解したらしい。
背後にイリアをかばって立つアレクに、唾をまき散らしながら食って掛かった。
「そんな……の、教えてくれないほうが悪い!」
「イリアは何度もお前に忠告していたし、お前の側近も何度もそれをお前に伝えていた。くだらないと言って狩りに出かけたのはお前だ、リチャード」
「え……?あ……そ、そんな、こと」
「父上は悲しんでおられたよ。見捨てたくはないとも。しかし今しがた、通信魔法で連絡があった。王としてこれ以上は看過できない。お前を廃嫡し、罪人の塔へ生涯幽閉すると」
すらすらと口にするアレクは、ハトの形を形どった通信魔法を肩に載せたまま、リチャードを冷たく睥睨した。
「父上も、イリアも、何度もチャンスをやっていたんだ。それを無視したのはお前だ」
「そ、そんな……」
「連れていけ」
アレクが、王太子アレクシスの顔をして衛兵に命じる。
どこからともなく集まってきた彼らは、なにか言い募るリチャードを捉えて簀巻きにし、ホールを出ていった。
これでひと段落したのかしら、と息を吐いたイリアは、自分がきちんとリチャードを育てられなかったことを苦しく思って胸を押さえた。
もっと自分にできることがあったのでは、と思ってしまうことをやめられない。
「姉さん……イリアが悪いんじゃないよ。リチャードが愚かだっただけだ」
「アレク……いつもあなたはやさしいわね。思えば、弟が欲しいと駄々をこねた私のために、弟としてふるまってくれたもの……あなたは王子様なのに……」
あなたは最初からやさしかったわ、とイリアは微笑んだ。
そんなイリアを見て、アレクは顔を赤らめる。やはり熱があるのだろうか。心配になって、イリアがアレクの額に手を伸ばしたところで、背後からきんきんと高い声がやってきた。
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