6(完)

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6(完)

 ■■■ 「イリア、大丈夫だった?」 「なあに?アレク。わたくし、なにも危害など加えられていなくってよ?」  銀糸の髪をふんわりとなびかせ、イリアが目を細めて笑った。  王国始まって以来の才女、歴史上最強の魔法使い、宝石のように美しい公爵家の末姫。  そんな肩書を背負った彼女は、誰もかれもを自分より弱いものとして見てしまう。  守ろうとして、手を差し伸べずにはいられないのだ。  アレクも、そんな彼女に救われた一人だった。  日の光の入らぬ、うらぶれた離宮。父王から忘れられて久しく、ただ息をするだけの日々に、突然現れたまばゆい少女。  イリア――アレクシスの――アレクのすべて。  イリアは、王子と思えないぼろぼろの姿をしたアレクを、ごく当たり前に弱者として見たのだろう。  ――ごきげんよう、わたくしはイリア。あなた、わたくしと一緒に遊びましょう?  白い、やわらかな手。けれど、その指には令嬢には似つかわしくないペンの跡があった。  離宮の奥まで届く噂に聞く彼女の強さが、才能だけによるものではないと知った。  彼女のやさしさは、強さによるものだ。高慢ともいえる自らの力への信頼が、彼女を女神のような少女にした。  それを知った時、アレクの一生はこの少女のために使おうと決めたのだ。  アレクを救った、誰よりも強い少女。  その奥にある一片の儚さが、アレクの魂を揺さぶった。  ――好きだ。  初めてで最後の恋は、うまく空気を取り込めない炎のようだった。彼女には自分の弟という婚約者がすでにいた。  許せなかった。彼女の隣は自分であるべきだと思った。  だから、その日、アレクはイリアの父であるトゥール公爵に頭を下げたのだ。  必ず王になる、イリアを幸せにする、だから自分を鍛えてくれと。  幸い、立太子はまだ誰もされていなかった。  不確かな未来をカードにして、アレクは一世一代の賭けをした。  王太子として立ち、地盤を固めた。それでも足りない――そんな時、アレクは自分は異世界から生まれ変わったのだと妄言を吐く精神病院の患者の話を聞いた。  カルテに書かれたその内容は、名前も立場も、今の自分たちに酷似していて。だからアレクは彼女を男爵家の養女とし、この学園に来るように話をすすめた。  すべてはアレクの計画通りだった。  予定通り、リチャードは廃嫡され、自分の玉座は揺るぎのないものになった。  予定通りでなかったのは愛しくてならないイリアのことだった。  イリアがリチャードを恋愛対象として見ていないことは知っていた。  だが、まるで幼い子供のように考えているとは思わなかった。彼女の弱者救済主義がリチャードより弱い患者――ハリエットに向くのも予想外で、アレクはパーティーの間、イリアの一挙一動に冷や汗をかいたものである。  結論として、アレクの計画は半分成功、半分失敗という結果に終わった。  失敗というのは、プロポーズだ。本来ならここでアレクがイリアを救い、その流れで告白する予定だったのだが、イリアの無自覚な介入によっておじゃんになってしまった。  アレクはため息をついた。 「どうしたの?アレク」 「いや、その……」 「悩みがあるなら相談してね?わたくし、アレクのこと、誰よりも大切なの。アレクがつらいことは、何より悲しいことだわ」 「……ありがとう」  イリアの言葉は、家族である弟に向けてのものだ。わかっている。  姉さん、と呼ばなくなったことを、イリアは言及しなかった。  問われたら「弟じゃなくて婚約者として、などというプロポーズをしようとしていたが引っ込みがつかなくなった」などと哀れ極まりない告白をせねばならないところだったのでありがたい。が。  イリアは、きっと深く考えていない。考える必要はない。だって彼女はすべてを赦してしまうのだから。  けれど――わかっているけれど――。  アレクは、目を細めて、自分よりずっと下にあるイリアのつむじに口づけを落とした。 「アレク!?」 「はは、イリアが取り乱すとこ、久しぶりに見た」 「……それはそうよ。わたくし、あなたのことになると、ちょっと以上にいろいろ考えてしまうんだもの。病気なのかもしれないわ」 「――……!」 「アレク?もう、人が真剣に悩んでいるのに……」 「ごめんごめん」  上目遣いのイリアがかわいくてしかたない。  これは家族への感情、まだ、イリアは恋をしらない。  だけど――まだ知らない、が知っている、に変わるのは、もしかするとそう遠い日のことではないのかもしれない。  しんしんと降り積もる雪が、月の光に照らされて淡く光る。  明日も雪だ。イリアの髪色のような雪が降る。  それすら愛しく思うなんて、自分でも馬鹿らしいと思う。でもそれでいい。  だって、恋は盲目であるべきなのだから。
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