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そして拓也との新生活が始まった。
「ねえ美香、僕はもちろんそのままの飾らない美香が大好きなんだけどさ、たまには、そのう、お化粧とかしてみるのもいいかもね」
「えー、化粧なんて体のいい詐欺だよ、あたしはしないって」
「ま、それもそうだけどさー……」
ちょっぴり残念そうな拓也。じつはあれから一人でこっそりお化粧してみたのだが、そもそも不器用でお化粧の仕方もまるで知らない美香である。結婚式の時の仕上がりには遠く及ばず、どちらかといえばテレビでよく見る女芸人に似てくる始末。だからさっぱり諦めたのだった。
自分的には気の進まなかった派手で立派な結婚式を兎にも角にも滞りなく終えることができたのは、やはり「お母さん」が、そこにいてくれたからだと思う。なぜならゲストの方たちから「えらく美人な嫁だ」という賛辞を得られたことで、相手方にしてみればずいぶん格下にあたるであろう我が家の様子とか、シングルファーザーの家庭で育ったことなど、突っ込まれそうな事柄がとりあえず話題に上らずに済んだようだから。
だからあの時はお母さんが、お祝いのために一日だけ、私をきれいにしてくれたに違いない。美香は古く色あせたけれども美しく微笑む母の写真を指でそっと撫でる。
お母さん、ありがとう。あたしいま、最高に幸せだよ。
(了)
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