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「本日はおめでとうございます。ヘアメイク担当の秋山と申します。それではメイクに入らせていただきますね」
地域で一番大きく豪華なホテル内の控室で、ゴージャスな雰囲気に不慣れな美香はなんとなく居心地の悪さを感じつつも
「よ、よろしくお願いします」
と軽く頭を下げた。こうなっては最早まな板の鯉、なされるがまま顔にローションやらクリームやらを塗られていく。
「お客様、キメの細かいキレイなお肌をされていらっしゃいますね。ふだんのお手入れはどのように?」
「え、いやあ、あんまりその、化粧とか好きじゃなくて。顔を洗って化粧水をパンパンっとするぐらいで」
「まあ、そうなんですね。あまりいじり過ぎるのもお肌には負担になりますから、かえってそれぐらいが良いかもしれませんね」
女らしくないズボラな自分をバカにされるかもとちょっと心配だったが、優しそうな笑顔でそう言われホッと緊張がゆるんでいく。
「お顔立ちも整ってらっしゃって美人さんですから、きっとお化粧映えしますよ。今日はうんと変身して、新郎様が喜ぶサプライズにしちゃいましょうね」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
「それでは軽く目を閉じて下さいね。あ、ギュッとしなくていいんですよ、力を抜いて軽く……」
肌を撫でるサワサワとした感触やメイクさんの密やかな息づかいを感じながら、美香はいつの間にかうつらうつら。するともう何年も見ていなかった、母親の夢を見た。残された写真の通りフェミニンで身ぎれいな母は
「美香ちゃん。とってもきれいよ、美香ちゃんはお母さんそっくりになったのね」
とうれしそうに微笑んだ。
お母さんそっくり? ううん、ちっとも似てないよ。だって私は日焼けして男みたいにガサツで、ちっともお母さんみたいに女らしくないんだもん。
「お客様、お客様、終わりましたよ」
やさしく揺すぶられてハッとした美香を待っていたのは。ぼんやりした表情でこちらを見ている母だった。
「あれ、まだ夢の中だなあ」
「ウフフお客様、お疲れだったのですね。もうお支度は整ったんですよ」
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