たった１冊の人生は、戦国武将とともに

伊達政宗、ご来店

　時は遡って４百年以上前。家督相続後の最初の戦いを繰り広げていた伊達政宗は、何かと面倒くさくなり始めていた。だから、ずんだ餅を作った。
　政宗は側近の片倉小十郎のもとに、ずんだ餅とともに走った。
「小十郎ー！」
「はい、只今」
「ずんだ餅作っ……」
　辺りに砂塵が舞った。風も相まって小十郎は目を閉じた。そして、小十郎が再び目を開けた頃には、伊達政宗は鎧刀をつけたまま、跡形もなく消え去ってしまった。
「あれっ？ 政宗様？ 政宗様！？」
　馬印の立った陣内に、小十郎とずんだ餅だけが残された。

　先ほど立て付けを直した引き戸が開く音がした。新店主記念の、一番最初のお客様だ。
「いらっしゃいませー」
　裕人は反射的に声を出した。将来の貯金のためにしていたアルバイトの成果の一つである。その声に対する返答はなかったが、カウンターの下を熱心に拭いていた彼は気にしなかった。
　カチャカチャと金属的な音が聞こえる。どうやら一歩一歩、歩くたびに聞こえているようだ。アクセサリーかキーホルダーでもつけているのだろう。音はだんだんこちらに近づき、レジの前で止まった。
「あのー、すみません」
　カチャカチャという音は、青年の威勢のいい声に変わった。裕人はカウンターからゆっくりと腰を上げ、初めてのお客の顔を目に入れようと、背筋を伸ばした。
「えっ」
　よく、これだけの言葉で凌いだ。一歩間違えれば、どこかの過度に頭を売っていたかもしれないほどの衝撃が、ここにある。彼が見た男の姿は、鎧と刀と、派手な兜をつけた男。兜には、大きな下三日月が飾り付けてある。
　お互い目が合っているが、二人とも喋ろうとはしない。それも仕方ない。現代人は戦国武将を、戦国武将は現代人を見てしまったのだから。