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プロローグ
中谷裕人。彼はそろそろ高校を卒業するというころだったが、ここで事件が起こった。彼のことを中学時代からずっと男手一つで育て上げた父が、心臓発作で急死したのだ。
裕人は衝撃で悲しみに暮れた。すでに卒業も就職先も決まっていた彼だったが、父の葬儀を開くため、卒業式に行くことができなかった。
葬儀は父の友人たちが費用を負担し、何ごともなく決行された。裕人は、古本屋を経営していた父がこぞって読んでいた『全国戦国武将大百科』を棺に入れると決意した。
店が休みの日は、暇があってはこの本を手にとり、裕人にうるさく武将たちの説明をしてきた父。彼はもう、戻ってくることはない。
そして、葬儀当日。辺りでは中年男性たちの嗚咽が響く中、一人若者で、一人血縁者だった裕人は、本を持って棺に向かった。
嫌に綺麗に整えられた父の顔に別れを告げ、『全国戦国武将大百科』を入れようとしたその時だった。不意に、本のページがガバッと開いた。
開いたページは、父お気に入りで、よく裕人にそのエピソードやらなんやらを細かく聞かせていた毛利元就。そのページから、折りたたまれた紙が抜け出した。裕人は少し驚いたものの、すぐに地に伏せた紙を拾い上げた。
そこには、こう書かれてあった。
『私が営んできた古本屋ナカタニは、息子の中谷裕人に受け継がせる。他人の問答は無用。裕人は古本屋の何もかも、自由に使っていいとする』
一筆一筆、力強い文字。会計用の帳面から察するに、それは父の文字に相違ない。
その内容から伺えるに、裕人の父は自分の遺書としてこれを書いていた。彼は、まだ死ぬことを危惧するような年齢ではなかったが、自分の息子に対しては極度の心配性だった。
裕人は全文を読み終わると、思わず泣き崩れた。父の字を見るたびに、その死を受け入れられなくなる。そんな彼に、一人が慰めに来た。
「そうだ。君にとっては早すぎる別れだったよな」
裕人はその優しい声掛けをガン無視し、本を棺の中に入れた。そして、遺書を手にとり、もとの席に戻っていった。
「相槌くらいうってくれたっていいのに……」
葬儀場には、静寂だけが残った。
翌日から、裕人は『古本屋ナカタニ』の店主になった。主を失った広い店舗は、ひとけもないのに薄汚れていたが、掃除が得意な裕人には容易い相手である。彼は店に入るやいなや一挙大掃除を始めた。それは、父が亡くなった悲しみを紛らわすためでもあったのだろう。
あくまでも店は開店状態なので、裕人は掃除中レジカウンターから扉に耳を張った。掃除を始めてから数十分後、早速一番最初のお客さんがやってきた。
その後、中谷裕人の人生は、なんやかんや起こるハチャメチャでドタバタな語彙力のない運命へと巡っていくことになる……。
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