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 日払いの試食販売のアルバイトの帰り、ようちゃんと横浜駅前で待ち合わせをする。  8時間ずっと立ちっぱなしの足はパンパンに浮腫んでいる。こんな日は浴槽に浸かってゆっくり休みたいが、漫喫にはシャワーしかない。こんなに疲れているのに、あの硬い床の上で、薄い毛布にくるまって寝なければならないことを嘆いた。  もっと声を出して宣伝しろ、と散々店員に言われたせいで、喉も痛い。これだけやって7000円だなんて、わりに合わない。だが、他に仕事がないので仕方がない。  ため息をついて、足を引きずりつつ改札を抜ける。  ようちゃんは交番の横に立っていた。目の前の立ち食い蕎麦屋から良い香りがする。  ただいま、と言う私には答えず、腹減ったなあとようちゃんはぼんやりと呟いた。  それはつまりご飯代を出せ、ということだ。 「マック食いてえな」  そう言って私の肩を抱き、マクドナルドへと歩き始める。  ようちゃんは、お金をせびる時だけは甘えてくる。わかってるよ、お金出せってことでしょう。そう言って手を払いのけたくなるが、我慢する。  見え透いた媚の売り方に反吐が出る。家を出てから2週間が経とうとしていたが、既に彼との生活にうんざりし始めていた。  マクドナルドを出て駅前を歩く。ちなみにようちゃんは一番高くて大きいバーガーのセットを食べ、私は一番安いバーガーだけを食べた。どうして節約することを考えないんだろう。  いらいらする。ようちゃんは私より年上のはずなのに、現実を見る能力が全くない。家が見つからず、お金も将来も覚束ないのに能天気だ。手を差し出せば私がお金を渡してくれると思っている。  仕事も見つからないのに、危機感が微塵もない。  今すぐにでもようちゃんの胸ぐらを掴んで、 「ねえもう貯金の残高、50万を切ってるんだよ。わかってる?」  と揺さぶりたくなった。理性があるからしないだけで。  平日の駅前は、仕事帰りの人やデートの人や学校帰りの学生で賑わっていた。  夏も終わり、夕方は肌寒くなってきたというのに、ミニスカートの学生たちが楽しそうに通り過ぎていく。私は長袖のパーカーの前をぎゅっと握りしめた。  数年前までは、私もあちら側だったのに。  ようちゃんがタバコに火をつける。髪に臭いがつくからやめて欲しいのだけれど、そう言うと機嫌が悪くなるのがわかっているから言わない。でも、私ばかり我慢している気がする。  ちらほらと街の明かりが灯り始める。   一際明るいネオンの前で、ようちゃんは足を止めた。 「今いくら持ってんだっけ」  タバコを燻らせてようちゃんは言う。 「3万」  と答えると、ようちゃんはタバコを足元に捨て、そのまま明るい店内へと足を踏み入れた。  自動ドアが開いただけで、けたたましい音が外まで聞こえて来る。  圧倒され店の前で立ち尽くす私に、お前も来いよとようちゃんは手招きした。 「18越えてんだから入れるだろ」  そう言ってようちゃんは私の手を握り、店内へ引き込んだ。  パチンコ屋に入るのは、人生で初めてのことだった。
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