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5
パソコンのモニターが、変わらず煌々と光を放っている。
私はその場にへたりこんだ。
ようちゃんの荷物が、ない。
ネイビーのボストンバッグを枕にして眠っていたようちゃん。あのボストンバッグは、影も形も無くなっていた。
残された私の上着とリュックだけが、ぽつんと個室の片隅に投げ出され、モニターの光に白く照らされていた。
慌ててスマホを取り出し、ようちゃんにメッセージを送る。だが、『既読』の文字は表示されない。
ようちゃんの電話番号に電話をかけた。
プツッ、と音がして繋がる気配がする。
「あ、もしもし、ようちゃん?今どこ……」
「おかけになった電話をお呼びしましたが、現在お繋ぎできません」
無機質なアナウンスが流れた。そしてプツンと電話が切られる。
何度も試したが、その度私を嘲笑うかのように女性のアナウンスが流れ続けた。
「はは……あはは」
ただ、笑うことしかできない。その場に座り込んだまま、壊れたように私は笑った。
隣の個室から、男が顔を覗かせる。訝しげな視線でじろじろと私を見るので、笑ったまますみませんと頭を下げた。男は顔を思い切り顰めて、音を立てて扉を閉めた。
私は何をやっているのだろう。
ふと我に返った瞬間、涙が溢れ出てきた。
廊下を通る店員が、ぎょっとした顔で私を見る。慌てて個室に入り、扉を閉めた。
どうやら私はようちゃんに捨てられたらしい。
脱力して、壁に体を預けて座り込む。靴を脱ぐ気力もなく、足を投げ出した。
あーあ、信じるんじゃなかった。
自分の情けなさに、もはや笑いが込み上げてくる。
こんなことなら、駆け落ちなんかするんじゃなかった。
家でも一人、大学でも一人、ようちゃんが現れて、やっと一人じゃなくなると思ったのに。
依存して、縋って、惨めに捨てられて。残ったのは抜け殻みたいな空っぽの自分。
いや、元から私は空っぽだったのか。親の言いなりに勉強して、期待外れの大学に行って、私の意思なんてどこにも無かった。ようちゃんに縋ることで、満たされた気分になっていただけ。お金を渡せばようちゃんは私の隣に居てくれる。そう思い込んでいただけ。
なんて愚かで間抜けなんだろう。
隣の個室からは、また男女が睦み合う声が聞こえてくる。私だってあんな風に、幸せになりたいだけだったのに。
ちくしょう、と床を殴りつけた。壁を殴るのは少し躊躇われたから。男女の声は一瞬止まったが、くすくすと笑い声が聞こえたあとにまた再開した。
ちくしょう、ちくしょう。
声が漏れないように、薄っぺらいクッションに顔を埋めて慟哭した。
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