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誰かが私の体を揺すっている気がした。
「ん……まだ眠いよ、お母さん……」
そうつぶやいてから、私ははっとする。
(……ちょっと待って、お母さんがいるわけないじゃない! 私、一人暮らしじゃない!)
ぎょっとして飛び起きて目を開けると、信じられない光景が目の前に広がっていた。
「ちょ……あなた達、誰ですか!」
私の前には3人の人物がいた。
「うっせーな! やっと目覚ましたと思ったら、誰だとか、いきなりなご挨拶だな」
きつい目元の青年が私を見下ろすようにベッドの側に立っている。
どこかのファンタジー世界のような服を着ているが、それがよく似合っている。
深緑色の髪は肩につくくらいで、ちょっとワイルドな感じだけれど、顔はテレビで見かけるイケメンよりも整っていた。
「仕方ありませんよ。私たちのこの姿を見るのは初めてなんですから」
椅子に行儀よく座った、着物っぽい服を着た男性がおっとりとした口調で言う。
艶やかな黒髪を結い上げているせいか、まるで時代劇の中の人のようだ。
「でも、いきなり誰、っていわれちゃうのもちょっと傷ついちゃうな、ボク。桜子とずーーーっと一緒にいたのに」
私の寝ているベッドの足下の方に座った少年が、ぱっちりとした目で私を眺めている。
柔らかなピンク色の髪は短いが、ふわふわと愛らしくウエーブを描いている。
ふわりとしたデザインのショートパンツをはいているせいか、まるで少女のようにも見えるけど、声は確実に男の子だ。
「桜子桜子って呼んでますけど、私、あなた達なんて知りません!」
「あ? 知らないなんて言わせねーよ。俺をこの部屋に連れて来たのはお前だろ? 桜子」
「だから何で私の名前まで知ってるんですか! ていうか連れてきたって……私、男の人を連れ込んだ覚えなんてありません!」
「花屋であの男がそう呼んでただろ」
「えっ……」
彼の言葉に、私ははっとする。
桜子「ちょっと待って。今、あなたをこの部屋に連れて来たのは私だって言いましたよね」
「ああ」
「それで、花屋であの店員さんが私の名前を呼ぶのを聞いたんですよね?」
その二つの事に共通するものに私はようやく気付いた。
窓際に視線を向けると、案の定そこにあるはずのそれは無くなっている。
(ありえないことだけど……彼の話からすると、そうとしか思えない……)
よく見ると、彼の深緑色の髪は見た覚えのある色をしていた。
緊張でばくばくしている胸を押さえながら、彼に向かって恐る恐る聞いてみた。
桜子「えーと、もしかして、あなたは、昨日の鉢植え……?」
「当たり前だろ! 他に何があるんだよ」
腕を組んでえらそうに言う彼の横を走り抜け、ベランダに出る窓を開ける。
昨日の夜は確かにそこにあったミニバラと松の盆栽もなくなっていた。
桜子「そうしたら、あなたが、ミニバラと……盆栽?」
「やっと気づいてくれたんだね! ボク、うれしい!」
少年はぴょんと飛び跳ねると、私に抱きついてくる。
その勢いと重さに絶対に倒れ込むと思ったのに、その体は意外なほど軽くて、私でも余裕で抱きとめられた。
「やめなさい、おちびちゃん。桜子がおどろいていますよ」
「ボク、おちびちゃんじゃないよ! そしたらアンタはおじいちゃんじゃないか!」
「失敬な。これでも私はまだ松の世界では若輩者ですから。充分若い方です」
「うっせーぞお前ら! 大体お前らがその形をとれたのも、俺のおかげだろ?」
「まっ、そうだけどね!」
天使のような笑顔を浮かべながら、少年は私から離れて行く。
「桜子。ボクは君が育てていたミニバラのロージィ。おちびちゃん、なんて呼ばないでね」
「ロージィ……ローズだからロージィ?」
「そう。可愛い名前でしょ、よろしくね!」
ロージィは愛らしいしぐさで頭をぴょこんと下げる。
「では、私も自己紹介させて頂きましょう。私は松園と申します。いつもお世話して下ってありがとうございます」
「松園……さんですね」
何となく雰囲気的に呼び捨てにできなくて、とりあえずさん付けで呼んでみる。
「はい。正直、お父上より、あなたの側にいる方が私としては快適で困ってしまいます……」
涼やかな笑みを浮かべている松園さんから視線を外し、私の側に立っている人物に目を向ける。
桜子「じゃあ、あなたの名前は?」
「俺は……」
ロージィ「どうしたの?」
「俺は……まだ名前はない。名前を付けられる前に、ここに連れて来られたから」
恥ずかしそうに彼はそうつぶやいた。
「おや、めずらしい。あなた位まで育って、まだ名前がないなんて……」
「ちょっとださーい!」
「うっせーぞチビ!」
「チビでも、もう2年は経ってるからあんたより年上だよ! ななしさん~!」
「あ? 一回葉っぱちぎってやろうか?」
「やだー! 松園、こいつ怖い!」
「ほらほら、二人とも落ち着いて。そうだ、桜子さんに名前を付けていただいてはいかがですか?」
松園さんの提案に、二人は私の方をパッと向く。
「えっ? 私?」
「それ、ナイスアイデア!」
「……仕方ねえ。それで妥協してやるよ。桜子、お前俺に名前を付けろ」
「急にそんなこと言われても……」
私はまだ名前がないという彼をじっと見つめた。
普通ではあり得ない深緑色の髪をのぞくと、体格的に西洋人のようにも見えるが、顔立ちはどこの国ともつかない不思議な印象を受ける。
桜子(かなりカッコイイ部類に入るんだと思うけど……鉢植えなんだよね……)
そう思った途端、一つの名前が浮かんでくる。
「……はっちゃん」
「は?」
「鉢植えだから、はっちゃん」
私の言葉に、松園さんがぷっと吹き出す。
「いや……ごめんなさい……そうくるとは思わなくて……」
「ちょっと待て? 鉢植えなの俺だけじゃないし! こいつらだって鉢植えだぞ!」
松園さんとロージィを指差しながら、彼はあわてる。
桜子「じゃあ鉢植えのハチマル」
「同じじゃねえか!」
「……だめ?」
「もっとかっこいい名前にしろ」
むっつりとした表情を浮かべ睨みつけるので、仕方なく、私は彼が植物の姿をしていた時のことを思い出す。
(たしか、大きな葉っぱが5枚くらいついてたような……)
桜子「じゃあ……五葉」
「……それは悪くない」
今度は満足げな表情を浮かべて、彼は頷く。
「えー、ハチマルの方はかわいいよぉ。ねっ、ハチマル?」
「ご・よ・う!」
「ハチマル!」
喧嘩をはじめそうな二人に私はあわててしまう。
「じゃあ、五葉が苗字で鉢丸を名前にすれば? それならどっちでも呼べるよ」
「素敵ですね。苗字と名前、両方が付くだなんて。そんな恵まれた植物はなかなかいませんよ」
「でも五葉って呼べ。俺はそう呼ばないと返事しないからな」
「分かったよ! はっちゃん!」
「だから五葉だって言ってるだろ!」
「さあ、これで自己紹介が済みましたね。しばらくの間、よろしくお願いします」
「よろしく、桜子!」
「……よろしく」
その言葉に、私ははっとする。
「えっ? あなた達、ここに住むの?」
「当たり前だよ。だって、ボクたち、ここのおうちの子だもん」
「ていうか、まず何で植物が人間になってるのかとか、分からないし! 根本的な事が何も解決してないよ!」
パニックを起こしそうになる私を、五葉が睨みつける。
(うっ……鉢植えなのに、なんでこんなに迫力があるわけ?)
「お前、あの金のじょうろで、俺達に水をやっただろう?」
「ハイ……」
「あれは、そういうじょうろなんだよ。水をやった植物を人の形にする」
「そんなものがどうして……」
「それも知らずにあの男から、俺とじょうろを受け取ったのか? おめでたい女だな、お前」
人を馬鹿にしたような口調にさすがに私もムッとする。
「おめでたいって何それ! 私だっていきなりこんなことになって困ってるんですけど? 何なら不審者ってことで警察呼びますよ?」
「やめろ。こいつらはともかく……俺にはやらなきゃいけないことがある」
やけに真剣に五葉は私を見つめて呟く。
「それに、ぼくたち、警察になんて連れて行かれたら、枯れちゃうよ?」
「えっ?」
「一度でもあのじょうろで水をもらった、最低ひと月はそのじょうろから水をもらわないと、俺達は枯れてしまう」
「そういえば、あの店員さん、まずはひと月面倒を見てとか言ってたような……」
「俺を渡されたってことは、お前は植物を育てるのが好きなはずだ。そんな奴が、自分の育ててる植物を枯らすのを許せるのか?」
「ぐ……そ、それはできない……デス」
「ついでに言えば、最初のうちは、俺達は太陽が出ている間しかこの姿を取る事が出来ない」
「つまり、太陽が沈んだら、元の植物の姿に戻る、っていう事! だから、昼間のうちにいーっぱい遊ぼう?」
無邪気なロージィの言葉に、私はがっくりとうなだれる。
「もう……わけわかんないし……あのじょうろ、そんな変なじょうろだったわけ?」
「変なじょうろとか言うな。あれでも宝物の一つだ」
五葉が何か言っているけど、私はそれどころじゃなかった。
「もー……ひとり暮らしの部屋に4人……! 不動産屋さんにバレたら追い出されそうだし、それに男3人の食費なんて私、出せないよ……」
はぁっとため息をつくと、松園さんがポンと私の肩を叩く。
「心配しなくていいですよ。私達、基本的に食べませんから」
「そう。食べることも出来るけど、食べなきゃ死ぬ、ってことでもないよ」
「そうなの?」
「お前アホか? 俺達植物だって言ってるだろ? 植物を育てるのに必要なのは、日光、水、それから……」
「ありったけの愛情! でしょ?」
「ええ、そうですね。私達をたくさん愛してくださいね、桜子」
「愛情って……ええっ!!! ちょっとそんなの聞いてないよ!!!!」
唐突な言葉に、私はただ慌てることしかできなかった。
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