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「クロスロードの靴」 55
葬儀はしめやかに執り行われた。弔慰してくれた人は殊の外多く、じいちゃんの人柄のよさと人望が窺えた。やはりじいちゃんは尊敬すべき人格者だ。じいちゃんの孫でいられたことをりゅうさんは誇らしく思えた。
葬式の後片付けが済み、初七日が過ぎるまでこの家で過ごすことに決めた。あっ、そうだ。あやねに連絡するのを忘れていた。
部屋に電話をかけても誰も出なかった。そうか病院か。りゅうさんはかけ直して、あやねさんを呼び出してもらった。しばらく待っているとあやねさんが受話器を取った。
「俺だけど」とりゅうさんが言った途端、あやねさんが怒り出した。
「あんたは一体どこをほっつき歩いているのよ。あたし、部屋を確かめに帰ったら、秀介の洗濯はしっぱなしで、水くさい臭いが残っていたじゃない。もう一度洗濯をしなきゃいけなかったのよ。ねえ、聞いてるの。あんた今どこにいるのよ」
やっとあやねさんに人の話を聞く用意ができたようだと思い、りゅうさんが答えた。
「今、じいちゃんの家だよ」
「おじいさんの。どうして。病状が悪くなったの」
「そうじゃない」
「そう、よかった」
「そうじゃない。じいちゃん、死んじまった」
あやねさんの声が止まった。りゅうさんが受話器を持ち替えて声をかけた。
「あやね、聞いてるのか」
「ごっ、ごめんなさい。なにも知らないで酷いこと言って。ほんとごめんなさい」
「いいよ。謝らなくていい。それよりあやね、秀介の具合は」
「秀介は順調だけど、それより、りゅう、大丈夫」
「ああ、今は気が張っているからかな。なんとか大丈夫だよ。それにじいちゃんが死んだって、まだ実感がわかない。庭から声をかければ家の中から出て来そうな気がしてさ」
「そう。秀介にもちゃんと伝えるから」
「ああ、頼むよ。初七日が過ぎれば一度帰るよ。それまではじいちゃんのそばにいてやりたいから」
「わかった。りゅう、体に気をつけて」
「ありがとう。あやねもな」
人恋しさをがまんして電話を切った。本当はあやねがそばにいて欲しかった。しかし秀介のこともある。今のあやねに無理なことは言えない。りゅうさんはしんみりと遺影のある部屋へ戻った。
夜になって、「ここへ座れ」と伯父に言われた。りゅうさんはどんな話をされるのかわからず面倒くさそうに座った。
「じいさんの葬式代はお前が出してくれ」
りゅうさんは突拍子もないことを言われてびっくりした。
「なんだよ藪から棒に。そんなお金、俺は持ってないよ」
「嘘をつくな。あるだろ。家もお金も全部。隠すな」
「なんだよそれ。わけのわかんないことを言ってからむなよ」
「なんだその言い種は。じいさんの死に目にも顔を出さないやつが、伯父に向かって偉そうな言い方をするな。とにかくじいさんがお前に残した財産があるから、これを支払っておけ」
いくつかの封筒をテーブルに置いてさっさと帰った。
今は親戚の泣寄りだろ。まだ初七日が済んでいないのに。息子のくせしてなにを考えているんだよ。
りゅうさんは封筒の中から請求書等を出して確認した。げっ、すげえ高い。それに手筈が早すぎないか。墓代の見積書とは、合計で数百万はする。この支払い、どうすればいいのさ。わからないよ。じいちゃんの遺影を眺めた。
翌日、じいちゃんの部屋を片付けていた。引き出しから白い封筒が出て来た。手にとって確かめた。「孫へ」と書かれていた。中を確かめると、鍵とメモが入っていた。「自分の机を見なさい。」と書かれている。机の引き出しを確認したけど、なにも入っていなかった。右下の引き出しには鍵がかけられていた。あっ、これか。封筒から鍵を取り出し、引き出しを開けると、中にはポシェットと封筒が入れられていた。封筒の中には家の権利書が入っていた。次にポシェットの中を開けて調べた。預金通帳が二つある。一つは五百万円が預金されていた。もう一つには二千万が預金されていた。通帳の名義人を確認すると、「野島敏也」の名義になっていた。伯父が言ってたのはこのことかと理解した。ポシェットの中にもうひとつ白い封筒が入っていた。ちゃんとのり付けをしてある。封筒の表をもう一度確かめた。「孫たちへ」と書かれていた。封を切り、手紙を出した。りゅうさんは目を凝らして黙読した。
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