「クロスロードの靴」 62

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「クロスロードの靴」 62

 あれから五年の歳月が流れた。その間、彼らと会うことはなかった。高校三年生のとき、彼らの部屋へ電話をかけたが不通になっていた。びっくりして、すぐさまおじいさんの家にかけ直した。りゅうさんが電話に出ると、「おう、恭介か」と電話の主が誰なのかを第三者に知らせているように、やたらと大きな声で名前を呼ばれた。りゅうさんがおじいさんの家で暮らすようになった事情を話してくれた。 「お前も自分の道を見つけろよ。それまで俺のところへは来るな。来ても俺は会わないからな。お前が自分の道を見つけて歩き出せたときは喜んで会ってやる。それまではなにを言ってきても許可しないからな」  お前も自立しろと、りゅうさんなりの僕へのエールだ。  僕は関東へは行かず、関西の芸術大学へ行った。四年間、苦心惨憺ながらも必死で絵を描き続けた。僕が見つけた新しい靴はフランス行きという遠い道のりを目指すことになった。りゅうさんは二年前におじいさんの家を売り払い、千葉県へ引っ越していた。転居葉書を手にして、久しぶりに連絡をした。会うことを許可してくれた。ただ、靴のサイズを訊かれたのは意味が分からなかった。  僕は大学二年のときに彼らのことを小説にして書いたことがある。彼らの物語は、フランスへ旅立つ前にりゅうさんたちと再会して、もう一度書き直すことになる。  僕は約束のものを持って、千葉県へ向かった。  りゅうさんは一軒の貸家に住んでいた。玄関から声をかければ、どたどたと廊下を走って来る音が聞こえた。りゅうさんが僕の顔を見るなりしゃべりだした。 「おう、久しぶりだな恭介。よく来てくれた。うれしいよ。しかし、歳月はばかにできないな。五年も経てば大人になったよ。あの頃の俺たちと比べれば、今の恭介は年上になるからな。大学を卒業したから当たり前か。でも、いい顔つきになった。安心した。立ち話もなんだから早くあがれ。それから今日は泊まれるだろ」  歓迎されて、ほめられて、なんだか照れくさくなってきた。 「よろしくお願いします」 「今日はいろいろ語り明そうぜ。話さなきゃいけないことがいっぱいあるから」  夕食やおつまみなど気を遣った持て成しを受けた。 「しかし、恭介と一緒にお酒が飲める日が来るとは思ってもなかったよ。今日は最高だ」  りゅうさんが微酔機嫌になってうれしそうに話をする。二人とも顔を赤らめていた。  僕たちのつき合いは原宿から始まった。どうしてりゅうさんが原宿にいたのかを訊いた。  明治神宮まで「家内安全」のお守りを買いに行き、原宿をぶらぶらしていると、僕が不良にからまれていたという。  お守りのことが気になった。  みんなを守って欲しいから買いに行ったと恥ずかしげに告白した。  あの頃のりゅうさんに、そんな繊細な気持ちがあったとは。それだけみんなとの関係を大事にしたいと思っていたそうだ。微笑ましくなってくる。  みんなが貯金していたことを訊いた。  将来、家を購入して、みんなで一緒に住む計画を立てていたらしい。無謀なことを簡単に考えていたと、りゅうさんが笑った。  どうしてあの部屋を出て行ったのか理由を知りたくなった。  りゅうさんは一人語りのように話し出した。 「俺たちにもいろいろとあってな。どんどん悪い方へ転がって行ったからな。望んでることから離されてく。日に日に追い込まれていった。俺たちは二人とも自殺未遂を起こして、同じ病院に入院した。最初はかおりが言い出したことだ。『頼る人が傷つく。そばにいる人が一緒に落ちていく。私たちはスクランブル交差点のど真ん中で立ち止まり、戸惑い、迷って、進む方向さえ見つけられない。今のままではみんながだめになってしまうから』とな。あの頃の俺たちは、秀介に甘えすぎてた。秀介を頼りすぎてたのさ。生活費のことや部屋での気遣いなどいろいろとな。秀介はとことん俺たちを支えようとする。自分のことを見失っても俺たちを守ろうとする。いつか俺たちのために命を落としてしまう。たとえ命に危険がなくても、こんな関係を続けていれば、誰も自立なんてできないと思った。今思えば俺たちは人生の分岐点に立たされてた。だから少なくとも秀介の前では弱音を吐かないようにとみんなで約束した。入院中にあやねやかおりと何度も話し合って、相談して決めたことだ。だから俺たちはクロスロードの靴を履いて一歩踏み出したんだ。秀介の立場なら、『どうして僕を頼ってくれない』と不満を持つに違いないけどな」  りゅうさんが話を止めて、喉を潤すようにお酒を一口飲んだ。
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