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「クロスロードの靴」 76
僕は詩集を閉じた。
「その詩集、いいだろ。少なくとも俺は好きだ。かおりは俺の家に来てから、ずっと詩を書いてた。中条さんの所へ行ってからも書き続けてた。何回も投稿して何度失敗しても、めげずに続けてがんばった結果だ」
僕はかおりさんと会いたい理由を打ち明けた。
「かおりさんと約束した絵を渡したいので居場所を教えてください。りゅうさんならきっとかおりさんの居場所を知っていると思っていたから」
「恭介の絵を見せてくれ」
笑顔のりゅうさんに頼まれた。恥ずかしながら披露した。
「かおりが秘密にしてたのはこれか。あいつ、自分だけずるいな。でもいい絵じゃないか。みんなよく描けてるよ。かおりのやつ、この絵を見れば喜ぶぞ。恭介、ちょっと待っててくれ。かおりに電話をしてくる」
りゅうさんが腰をあげて、部屋を出て行った。
しばらくしてにこにこしながら戻って来た。
「かおりも会いたがってたよ。あっ、それから秀介のことだけど、あいつとはあまり会ってないんだ。仕事熱心な男でよ。東京に行ってて、恭介によろしく伝えてくれって、先日の電話で言われたからさ」
「今度、電話か会うときがあれば、がんばってますと伝えてください」
秀介さんと話ができなかったのは残念だ。あとひとり、まだ気になる人がいた。
「あやねさんはどうしていますか」
「あやねのことは俺にもわからないよ。かおりは闇の中へ消えたと言ってたけど、いるのかいないのかはわからない。けど、俺はなんとなくかおりの中にいるような気がする」
あやねさんにも会いたいと切実に思った。僕はあやねさんの隠れファンだから。
「俺だけがまだ前に進めてないよな。俺も自分の道を歩き出さなければだめだ」
「僕は、りゅうさんにはいつまでもそのままでいて欲しいです」
「そうか。じゃあ俺の夢はとりあえず長生きすることだな」
りゅうさんがにっこり笑った。
翌朝、お別れのとき、フランス行きの決意を伝えた。りゅうさんが微笑んでくれた。
「恭介、実は今でも悩んでいることがあるんだ。じいちゃんのことや自殺未遂のこともあって、このままではいけないとも思ってた。いつかまた同じ事を繰り返すかもしれない。そんなことをずっと考えてたけど、未だに決心がつかない。一度だけ、自分の考えをかおりに告白したときは驚かれたけどな。『病気』という言葉を使ったから。とにかく俺はずっと考えていた。昨日、恭介と話をして見つけたよ。俺の夢は長生きをすることだと。生きていればいいこともある。今のままで生きていくか、それとも敏也になっていくか。やっぱりすぐには結論が出ないな」
「僕はりゅうさんのままで、また会いたいです。それ以外はなんとも言えません。いえ、もしりゅうさんと会えなくなるとすればとても寂しいです」
「そう言ってくれるとうれしいよ。まあ、今すぐ結論を出そうとは思ってないからな。この話はここまでだ。じゃあ、恭介、がんばれよ。かおりによろしく言ってくれ」
「わかりました。じゃあ、りゅうさん、いつかまた」
「ああ、またな。それからこれはプレゼントだ」
「なんですかこれ」
「お前の靴だ」
「うれしい。ありがとうございます」
「じゃあ、がんばれよ」
僕はりゅうさんの言葉を受けて駅に向かった。
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