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初は、別の車両に乗り込む孟たちから意識を外して、口を開けた車内へ乗り込む。そうして、電車内の広告をひたすら眺めて過ごしたのだった。
◆◆◆
電車に揺られながら、青年は外の景色を眺めていた。座席はちらほらと空いていたが、彼はあえて座っていない。ギリギリ届く吊り革を握りながら、黙って突っ立っている。時折大きく揺れるが、表情がニコニコしているため、周りからはバランスを取って遊んでいるようにも見えた。
そんな彼の目の前には、座席に腰掛けて腕を組んでいる青年が一人。男は先程、彼から隣の空席を勧められたのだが、丁重にお断りしたため、現在に至っている。ちなみに、いつものクールな視線で胡乱に睨まれていた。普段は空いていれば座る派の黒髪青年が、懸命に腕を伸ばしてまで吊り革を選択した理由が、彼にはわからないからだろう。
そんな吊り革の彼は、目の前の男から「近藤」と呼ばれていた男だ。孟の同級生で、名前を敢といった。
一年生とはいえど、同年代の男子高校生の平均値と比べると、お世辞も言えないほど遥かに背が低い敢。おまけに高身長の孟とともにいるせいで、よりその差が目立ってしまうという事態が発生していた。だが、彼は持ち前の明るさと生まれ持った美貌で、からかってくる相手を視線で負かしていた。
おまけに、孟と肩を並べるほどの成績優秀者で、頭も切れると同時に、舌も良く回った。
「せっかく来たのに、何の成果もなし、か――残念だったね、沖田。多忙な中の貴重な休日だったのに、無駄足になっちゃったね」
「想定通り、わかっていたことだ。問題はない」
「いやー、まあ、そうだけどさー。相変わらずクールだね、沖田は」
「それは、よくわからないが……とはいえ、近藤は写真が撮れたじゃないか。だったら、まったくの無駄足にはなっていない。来た意味はあった」
「まあねー」
愛用のスマホを手に、得意げな表情を見せる敢。孟は、気にも留めずに明後日の方向へ視線を投げた。いつもの真剣な眼差しだった。
「……どうしてだ?」
「ん?」
友人の問いの意図を探ろうと、敢は小首を傾げてみせた。伝わっていないというジェスチャーは、果たして反応としては、彼の想定内だったようだ。
「いや、お前にとっても、今日は貴重な休日だった。何故、今日まで待ったんだ? 現場の観察と、写真が撮りたいだけならば、勝手に一人で行けば良かっただろう。どうして、今日まで待った?」
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